兵庫県神戸市生まれ。神戸一中、旧制第三高等学校、東京大学文学部美学美術史学科卒業。和光大学助教授、東京造形大学教授、千葉大学教授、神戸芸術工科大学客員教授を歴任[1]。
1955年、『美術批評』誌の第2回芸術評論賞にて「井上長三郎論」で佳作入選。
中平卓馬、森山大道とともにPROVOKEの同人であったこともあり、写真についての評論を多く手がけているが(『日本写真史1840-1945(平凡社・1971年)』の本文の一部執筆も行っている)、それに限られることなく、美術一般、建築、戦争等にまで、その批評対象は及んでいる。
1979年頃、研究会「都市の会」で中村雄二郎、山口昌男、河合隼雄らと出会う。
1998年、『シジフォスの笑い』で芸術選奨文部大臣賞受賞。
2011年4月13日、肺炎のため神奈川県平塚市の病院で死去。82歳没[2]。