多楽島

歯舞諸島にある島 From Wikipedia, the free encyclopedia

多楽島(たらくとう)は、歯舞群島の島の一つである。多羅久島と表記される場合もある。ロシア名はパロンスキー島 (Остров Полонского)、英語表記はPolonskogo

所在地太平洋
座標北緯43度37分40秒 東経146度19分20秒
概要 外交紛争のある諸島現地名: Остров Полонского 主張国名: 多楽島, 地理 ...
多楽島
外交紛争のある諸島
現地名: Остров Полонского
主張国名: 多楽島
地理
多楽島の位置(千島列島内)
多楽島
多楽島の位置(サハリン州内)
多楽島
多楽島の位置(北海道広域内)
多楽島
所在地太平洋
座標北緯43度37分40秒 東経146度19分20秒
実効支配
 ロシア
サハリン州の旗 サハリン州
都市管区 南クリル管区
領有権主張
 日本
都道府県 北海道
市町村 根室市
人口統計
人口0
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昭和29年の色丹島歯舞群島多楽島海馬島志発島春苅茂尻島勇留島秋勇留島

地名の由来は、アイヌ語の「トララ・ウク(皮紐・取る→皮紐を取る島)」が「トラク」に変化したことから。

かつてアイヌはアザラシの皮を割いて皮紐にしており、本島の北にある「トカリウシ(アザラシが多い所)」が島の名前と関連付けている。

地理

歯舞群島の中で最も北に位置し、最高部でも海抜30メートルであり、地形は平坦である。樹木の植生はほとんどない。戦前の人口は231世帯、1,457名。良港を有しないことから昆布漁を始めとする海藻採取が中心であった。牛馬の放牧も年中行われていた。

他の歯舞群島と同じく地盤沈下が進んでおり、1984年の衛星画像と比較すると、2023年に撮影された画像では、かつて日本人住宅が並んでいた南蒲原磯(かんばらいそ)地区に湖のようなものができていることが確認できた。大正時代の地形図や元島民の証言によると、同地区に小さな池や湿地はあったが、これほど大きな水面はなかった[1]

歴史

江戸時代には「周囲は514ほどで、平らだが中程は少し高い。の小木があるという。海岸は岩がちで、海産物が豊富なためアイヌが小屋を建てて、遅い時期までニシンを採っている」との記録がある[2]

日本は領有権を主張しているが、現在もロシア連邦の占領・実効支配下にあり、ロシア沿岸警備隊が常駐している。戦後から現在まで無人島であると思われたが、2009年にロシア人が2007年から在住していることが判明した[4]

当該地域の領有権に関する詳細は千島列島及び北方領土の項目を、現状に関してはサハリン州の項目を参照。

脚注

参考文献

関連項目

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