歯舞村

日本の北海道根室郡にあった村 From Wikipedia, the free encyclopedia

歯舞村(はぼまいむら)は、北海道東部の根室半島先端部と歯舞群島を村域とし、花咲郡を構成していた

廃止日 1959年4月1日
廃止理由 編入合併
歯舞村根室市
現在の自治体 根室市
日本の旗 日本
概要 はぼまいむら 歯舞村, 廃止日 ...
はぼまいむら
歯舞村
廃止日 1959年4月1日
廃止理由 編入合併
歯舞村根室市
現在の自治体 根室市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 根室支庁
花咲郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 65.0[1] km2.
総人口 5,205
国勢調査、1955年10月1日)
隣接自治体 根室市
歯舞村役場
所在地 北海道花咲郡歯舞村歯舞
座標 北緯43度20分37秒 東経145度45分15秒

灰色箇所が村域
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1897年明治30年)に発足。1915年大正4年)に婦羅理村沖根辺村沖根婦村友知村珸瑤瑁村の5村を合併して、二級町村となった。

この際、珸瑤瑁村に属していた珸瑤瑁諸島も歯舞村の一部となり、以後「歯舞群島」と呼ばれるようになった。

1945年昭和20年)9月3日ソ連軍が侵攻。水晶島などの歯舞群島に居住していた住民が離島し、北海道本土に上陸。以降群島部分99.94 km2に行政権が及ばなくなった。

その後1959年(昭和34年)に根室市と合併し、消滅した[2]。主な産業は漁業で、コンブの採集などが活発に行われていた。

沿革

  • 1897年(明治30年)11月5日 - 北海道に町村制導入。歯舞村他各村が成立。
  • 1900年(明治33年) - 戸長役場を友知村に設置し、友知以下6ヶ村を区域とする。
  • 1901年(明治34年)7月1日 - 友知村の分割(一部が根室町へ)に伴い、戸長役場を歯舞村に移し、歯舞村など5ヶ村戸長役場とする。
  • 1915年(大正4年)4月1日 - 6ヶ村合併によって北海道二級町村制施行施行。
  • 1943年(昭和18年)6月1日 - 二級町村から指定町村となる。
  • 1945年(昭和20年)9月2日 - 5日 - 村の面積の約60%、人口の約65%が居住していた[3]歯舞群島を、ソ連軍が侵攻し占領。村役場は根室半島側にあったために接収を免れるが、実際の行政権の範囲が同半島側のみになった。
  • 1946年(昭和21年)10月5日 - 指定町村制が廃止される。
  • 1947年(昭和22年)5月3日 - 地方自治法の施行により北海道根室支庁の管轄となる。
  • 1955年(昭和30年)9月1日 - 所属未定の公有水面埋立地614.517坪を編入[4]
  • 1958年(昭和33年)8月1日 - 所属未定の公有水面埋立地947 m2を編入[5]
  • 1959年(昭和34年)
    • 3月31日 - 廃村式を挙行[6]
    • 4月1日 - 根室市に編入され、廃止[2]

行政

歴代村長[7]

港湾

  • 沖根婦漁港
  • 温根元漁港
  • 珸瑤瑁漁港(第1種)[8]
  • トーサムポロ漁港
  • 友知漁港
  • 歯舞漁港(第4種)[9]

以下はソ連軍駐留前まで行政権が及んでいた港湾。

  • 秋味場港(水晶島
  • 相泊港(志発島
  • 古別港(多楽島
  • 台場港(志発島)
  • トコマ港(勇留島
  • 茂尻消港(水晶島)
  • 税庫と呼ばれる港が水晶島・秋勇留島・勇留島・志発島に存在した。

交通

鉄道

産業

漁協

  • 歯舞農業協同組合 - 合併後の1964年(昭和39年)まで存続。その後根室農業協同組合
  • 歯舞漁業協同組合 - 合併後も存続

郵政

根室市編入合併まで、村内には珸瑤瑁郵便局が無集配特定郵便局として、歯舞郵便局が集配特定郵便局として存在した。それらは、合併後も存続している。

1945年(昭和20年)までは以下の郵便局が存在した(いずれも島嶼部)。相泊のみ無集配特定郵便局で、他は集配特定郵便局であった。

さらに見る 局記号, 局名 ...
局記号局名
根う志発
根ゐ多楽
根お水晶
根や勇留
根こ相泊
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隣接していた自治体

脚注

参考文献

関連項目

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