大久保徳二郎
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1908年(明治41年)3月14日、東京市本所区(現在の墨田区本所)に生まれる。ジャズのサックス奏者として上海に渡る。帰国後、テイチクレコードに入社、専属バンドで演奏する。このころ結婚し、1936年(昭和11年)、のちに衆議院議員となる大久保直彦が生まれた。
1938年(昭和13年)、日活多摩川撮影所が製作したトーキー映画『指輪のワルツ』(監督吉村廉)の劇伴を作曲をし、映画音楽家としてデビューする。
1939年(昭和14年)1月に古賀政男がテイチクを退社すると、ディック・ミネは作曲者に大久保を指名、島田磬也の作詞、杉原泰蔵の編曲により生まれた『或る雨の午後』で大久保は作曲家としてデビュー、大ヒットを飾った。同年暮れ、日活京都撮影所が製作した異色のオペレッタ時代劇『鴛鴦歌合戦』(監督マキノ正博、主演片岡千恵蔵)にミネが出演することになり、島田の作詞およびオペレッタ構成とともに、大久保も作曲とオーケストラの指揮を執った。同作のミネの歌唱部分には一部『或る雨の午後』のメロディをフィーチャーする。同作は同年12月14日に公開された。ひきつづきマキノ監督の千恵蔵主演映画『弥次喜多 名君初上り』の劇伴を作曲、同作は翌1940年(昭和15年)1月13日に公開された。
1948年(昭和23年)、歌手の菊池章子と再婚するも、1956年(昭和31年)には離婚した。孫にcaminoのKIKUと、かつてBREATHのメンバーで作曲家の菊池一仁の兄弟がいる。