大予楽令は、祭祀全般をつかさどる太常の下に属した。定員一人で、官秩は六百石。職務は、伎楽をつかさどり、国の祭祀と国家的な宴会(大饗)で音楽を演奏し、そのための楽器を用意することである[4]。
次官として丞(大予楽丞)が一人ついた。他に25人の員吏がつき、待遇別で分けると、百石が2人、斗食が2人、佐が7人、学事が10人、守学事が4人であった[5]。別に、楽人と八佾舞の舞人が380人いた[5]。楽人の待遇は不明だが、舞人は良家の子弟から選抜された若者で構成されており、大予楽の職員ではない[5]。現代的に言えばお祭り・イベントの(観客ではない)参加者である。