大井神社 (京都市)
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位置
北緯35度0分51.29秒 東経135度40分40.80秒 / 北緯35.0142472度 東経135.6780000度座標: 北緯35度0分51.29秒 東経135度40分40.80秒 / 北緯35.0142472度 東経135.6780000度
主祭神
宇賀霊神
| 大井神社 | |
|---|---|
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鳥居と社殿 | |
| 所在地 | 京都府京都市右京区嵯峨天竜寺造路町36 |
| 位置 | 北緯35度0分51.29秒 東経135度40分40.80秒 / 北緯35.0142472度 東経135.6780000度座標: 北緯35度0分51.29秒 東経135度40分40.80秒 / 北緯35.0142472度 東経135.6780000度 |
| 主祭神 | 宇賀霊神 |
| 社格等 |
式内社(小)論社 旧村社 |
| 創建 | 不詳 |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 別名 | 堰神社・大橋神社 |
| 例祭 | 10月8日 |
| 地図 | |
歴史
概史
創建は不詳。一説として秦氏が葛野大堰を築き当地を開拓した際に治水神として祀ったのが創祀ともいわれるが、明らかではない[1]。また『日本三代実録』貞観18年(876年)7月21日条に見える「山代大堰神」を当社に比定する説もあるが、これも明らかでない[1]。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では山城国乙訓郡に式内社として「大井神社」の記載があり、当社はその論社とされている[1]。ただし現社地は旧葛野郡に属することから、『式内社調査報告』では当社は式内大井神社ではなく松尾大社末社の堰神であるとし、式内大井神社は廃れたと推測している[3]。
1877年(明治10年)3月26日に近代社格制度において村社に列した[2]。現在の社殿は野宮神社の旧社殿を移築したものである[2]。
