大幡村 (鳥取県)
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| おおはたそん 大幡村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1955年3月31日 |
| 廃止理由 |
新設合併 大幡村・幡郷村(一部)、日野郡八郷村 → 西伯郡岸本町 |
| 現在の自治体 | 西伯郡伯耆町 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中国地方(山陰地方) |
| 都道府県 | 鳥取県 |
| 郡 | 西伯郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 総人口 |
2,341人 (国勢調査、1950年) |
| 隣接自治体 | 県村、春日村、米子市、幡郷村、日野郡溝口町・八郷村 |
| 大幡村役場 | |
| 所在地 | 鳥取県西伯郡大幡村大字岸本 |
| 座標 | 北緯35度23分07秒 東経133度24分27秒 / 北緯35.38522度 東経133.40739度座標: 北緯35度23分07秒 東経133度24分27秒 / 北緯35.38522度 東経133.40739度 |
| ウィキプロジェクト | |
歴史
- 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、会見郡上細見村、立岩村、吉定村、岸本村、押口村、吉長村、遠藤村が合併して村制施行し、大幡村が発足[2][3]。旧村名を継承した上細見村、立岩村、吉定村、岸本村、押口村、吉長村、遠藤村の7大字を編成[3]。
- 1896年(明治29年)4月1日、郡の統合により西伯郡に所属[3]。
- 1915年(大正4年)1月1日、「大幡村大字◯◯村」から大字の「村」を削除し、「大幡村大字◯◯」と改称[7]。
- 1955年(昭和30年)3月31日、西伯郡幡郷村(一部)、日野郡八郷村と合併し、町制施行し西伯郡岸本町を新設して廃止された[2][3]。合併後、岸本町大字上細見・立岩・吉定・岸本・押口・吉長・遠藤となる[3]。
産業
行政
村長
- 野坂清一郎[1] 1889年11月 - 1905年12月
- 藍田信三郎[1][8] 1905年12月 - 1918年11月
- 野坂政太郎[1] 1918年12月 - 1919年9月
- 後藤城光[1] 1919年12月 - 1921年3月
- 矢田貝栄造 1921年4月 - 1929年4月
- 野口清三郎 1929年4月 - 1933年4月
- 池田英行 1933年7月 - 1934年2月
- 野坂速水 1934年2月 - 1946年2月
- 後藤秀雄 1946年2月 - 1955年3月
助役
- 藍田信三郎 1889年11月 - 1905年11月
- 野坂政太郎[8] 1905年11月 - 1918年12月
- 矢田貝栄造 1919年1月 - 1921年4月
- 森安清一 1921年5月 - 1928年3月
- 勝部茂治[1] 1928年4月 - 1939年11月
- 野坂繁三 1939年11月 - 1947年4月
- 後原清一 1947年4月 - 1955年3月
収入役
人口
1930年に刊行された『市町村治績録 改訂第2版』によると戸数360戸、1841人[1]。