大沢主水
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大沢主水は、秀吉に仕えた武士として軍記物に描かれるが、具体的な実在史料は乏しい。一方で、美濃国大沢氏の系譜資料には主水の名が確認できることから、完全な架空人物ではなく、実在人物を素材に物語化された存在と考えられている[1][2]。
『絵本太閤記』などで最も有名なのが、いわゆる長短槍仕合の逸話である。 物語では、上島主水と名乗る槍の名手が登場し、織田家では当時長槍が主流であったのに対し、主水は「短槍の方が実戦的である」と主張したという。これに対し木下藤吉郎は長槍有利論を唱え、両者は織田信長からそれぞれ50人ずつの足軽を預かって模擬戦を行った。その結果、秀吉側(長槍)が圧勝したとされる[3]。さらに物語では、主水は正体を明かし、大沢次郎左衛門の弟で、斎藤家の間者(スパイ)であったことを告白するが、秀吉の要望でそのまま秀吉の配下となったと描かれている[3]。
史料としては『美濃諸家系図』には大沢次郎左衛門基康の子として主水の名が見え、秀吉に仕えるとの記載がある[1]また『美濃国諸旧記』には次郎左衛門為泰の弟・主水為之の名がある[2]。史学的には人物の存在自体は一定の史料的裏付けがあるとしつつも、軍記物に描かれる活躍や間者説、長短槍試合は絵本太閤記作者による創作・脚色であり、正史としては採用できないと結論づけている[1][2][4]。