大洗磯前神社
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| 大洗磯前神社 | |
|---|---|
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拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890 |
| 位置 | 北緯36度18分57秒 東経140度35分14.8秒 / 北緯36.31583度 東経140.587444度座標: 北緯36度18分57秒 東経140度35分14.8秒 / 北緯36.31583度 東経140.587444度 |
| 主祭神 | 大己貴命 |
| 社格等 |
式内社(名神大) 旧国幣中社 別表神社 |
| 創建 | 斉衡3年(856年) |
| 本殿の様式 | 一間社流造茅葺 |
| 例祭 | 8月25日(八朔祭) |
| 地図 | |
額「大洗磯前神社」は熾仁親王の書

祭神の降臨地と伝わる
大洗磯前神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は、茨城県東茨城郡大洗町にある、大己貴命と少彦名命を祀る神社。式内社(名神大社)。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
祭神
歴史
創建
『日本文徳天皇実録』によると、平安時代初期の斉衡3年(856年)に常陸国鹿嶋郡の大洗磯前に神が現れたとされる。
常陸国上言。鹿嶋郡大洗磯前有神新降。初郡民有煮海為塩者。夜半望海。光耀属天。明日有両怪石。見在水次。高各尺許。体於神造。非人間石。塩翁私異之去。後一日。亦有廿餘小石。在向石左右。似若侍坐。彩色非常。或形像沙門。唯無耳目。時神憑人云。我是大奈母知少比古奈命也。昔造此国訖。去徃東海。今為済民。更亦来帰。
ある夜、製塩業の者が海に光るものを見た。次の日、海辺に二つの奇妙な石があった。両方とも一尺ほどだった。さらに次の日には20あまりの小石が怪石の周りに侍坐するように出現した。怪石は彩色が派手で、僧侶の姿をしていた。神霊は人に依って「われは大奈母知(おおなもち)・少比古奈命(すくなひこなのみこと)である。昔、この国を造り終えて、東の海に去ったが、今人々を救うために再び帰ってきた」と託宣した。
— 『日本文徳天皇実録』斉衡3年12月戊戌条
そして、大己貴命(大奈母知)が大洗に、少彦名命(少比古奈命)が酒列に祀られ、両社の創建となったと伝えられている。
概史
平安時代中期の『延喜式神名帳』には「常陸国鹿嶋郡 大洗礒前薬師菩薩明神社」と記載され、名神大社に列している。
永禄年間(1558年-1570年)には戦乱で荒廃した。江戸時代前期の元禄3年(1690年)、水戸藩主の徳川光圀により造営が起工され、綱條の代で現在の本殿、拝殿、随神門が完成した。
明治18年(1885年)、近代社格制度において国幣中社に列した。現在では公称を「大洗磯前神社」としている。
神階
『日本文徳天皇実録』によると、天安元年8月7日(857年8月30日)に官社となり、同年10月15日(11月5日)に「薬師菩薩名神」の号を授かった[4]。
