大湫宿 中山道の47番目の宿場 From Wikipedia, the free encyclopedia 大湫宿[1](大久手宿[1]、おおくてじゅく)は、中山道の47番目の宿場。美濃国土岐郡大湫村(現・岐阜県瑞浪市)に存在した。 歌川広重「木曽海道六十九次・大久手」 「湫」は沼地や湿地帯の意味で、地名は峠に挟まれた水のたまりやすい場所に由来する[1]。 慶長9年(1604年)に新設された宿場で、尾張藩領であった。皇女和宮親子内親王の宿泊地となった。 概略 尾張藩領(1843年) 人口:338人 家数:66軒 本陣:1軒 脇本陣:1軒 旅籠:30軒 最寄り駅 JR中央本線 釜戸駅から瑞浪市コミュニティバス:釜戸=大湫線「大湫」バス停下車。 史跡・みどころ 皇女和宮歌碑 本陣跡(2005年(平成17年)に廃校となった大湫小学校の跡) おもだか屋 脇本陣保々家 神明神社の大杉 樹齢1300年 圓通閣 美濃瑞浪三十三霊場第四番、大湫観音堂の絵天井は瑞浪市指定有形文化財 高札場跡 森川訓行家住宅 細久手宿までの史跡・みどころ 二つ岩 琵琶峠 石畳が復元されている。 八瀬沢一里塚 弁天池 奥之田一里塚 参考文献 児玉幸多 『中山道を歩く』中公文庫、1988年 ISBN 4122015561 隣の宿 中山道 大井宿 - 大湫宿 - 細久手宿 脚注 [1]“中山道17宿マップ”. 恵那市観光協会. 2024年12月7日閲覧。 外部リンク 大湫町ホームページ 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、大湫宿に関連するカテゴリがあります。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks