Wikiwand AI

大炊御門信量

From Wikipedia, the free encyclopedia

時代 室町時代中期 - 後期
生誕 嘉吉2年(1442年)
別名 深草右大臣
 
大炊御門信量
時代 室町時代中期 - 後期
生誕 嘉吉2年(1442年)
死没 長享元年8月4日(1487年8月22日)
別名 深草右大臣
官位 従一位、右大臣
主君 後花園天皇→後土御門天皇
氏族 三条家→大炊御門家
父母 父:三条実量、養父:大炊御門信宗
兄弟 三条公敦、信量、公顕、公助、宗一、冬子、水無瀬季兼室
養兄弟:信子
妻 正親町持季の娘
子 経名
テンプレートを表示

大炊御門 信量(おおいのみかど のぶかず)は、室町時代中期から後期にかけての公卿。左大臣・三条実量の子。官位は従一位・右大臣。大炊御門家15代当主。後花園天皇(102代)と後土御門天皇(103代)の二帝に仕え、深草右大臣と呼ばれた。

三条実量の子として生まれ、跡継ぎがいない内大臣・大炊御門信宗の養子となる。

長禄元年(1457年)に従三位となり、公卿に列する。以降累進して、権中納言・権大納言・右近衛大将・左近衛大将を経て、文明11年(1479年)に内大臣となる。翌年従一位となり、左近衛大将を辞した。文明15年(1483年)に右大臣に任じられた。

官歴

『公卿補任』による

系譜

参考文献

脚注

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks