大竹憲治
日本のプロ野球選手 (1951-)
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来歴・人物
東京・専大京王高(現・専大附属高)出身。高校3年間で通算30本塁打を打った大型内野手。
1969年のドラフト4位で巨人に入団[1]。同期入団の河埜和正とともに次代のレギュラー内野手として期待され、1971年には一軍に上がり4試合に出場、うち3試合に三塁手として起用される。1972年にはジュニアオールスターゲームに出場、同年のイースタン・リーグ打点王を獲得[1]。1975年4月6日には、開幕3試合目の大洋ホエールズとの対戦で、一塁手、五番打者として初先発出場し2安打を放つ。同年は8月にも三塁手として先発を果たすなど24試合に出場。しかしその後は出場機会がなく、1976年限りで現役引退[1]。
引退後は広告代理店勤務。1985年11月に日本プロ野球選手会が東京都労働委員会から労働組合として認定を受け法人登記されると、その事務局長に転ずる。2007年11月よりヤクルト高田繁監督の専属広報に就任。
詳細情報
年度別打撃成績
記録
背番号
- 58 (1970年 - 1974年)
- 40 (1975年 - 1976年)