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大笹原神社

滋賀県野洲市にある神社 From Wikipedia, the free encyclopedia

大笹原神社(おおささはらじんじゃ)は、滋賀県野洲市大篠原にある神社。旧社格は郷社。

所在地 滋賀県野洲市大篠原2375
位置 北緯35度04分35秒 東経136度03分57秒
概要 大笹原神社, 所在地 ...
大笹原神社


大笹原神社本殿(国宝)

所在地 滋賀県野洲市大篠原2375
位置 北緯35度04分35秒 東経136度03分57秒
主祭神 速須佐之男命、稲田姫命、八王子命、宇多天皇、敦実親王、佐々木高綱
社格等 旧郷社
例祭 5月5日
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祭神

歴史

当社の創建年代は明らかではないが、平安時代中期であるという[1]。寛和2年(986年)に越智諸実によって社殿が再建され、社領も寄進されたと伝える。もしくは、この年が創建年であるともいう[2]。

康元元年(1256年)には篠原六郎光友により社殿の修覆が行われている。それ以来中世を通じ、当社は佐々木氏の氏神として佐々木氏より社領の寄進、社殿の修造が幾度も行われた。また他の武家よりの信仰も集めた[3]。

応永21年(1414年)には岩倉城主の馬淵定信により本殿が再建され[1]、吉備国から須佐之男命、稲田姫命の両祭神を勧請し、本殿に祀って当社は牛頭天王総社と呼ばれるようになった[3]。

江戸時代の享保12年(1727年)には正一位の神階が授与されている[4]。宇多天皇八百年祭の際には、時の領主市橋下総守から、文政年間(1818年 - 1831年)に行われた九百年祭は、同じく市橋伊豆守からそれぞれ当社に寄進があった[3]。

明治初年に大笹原神社と社名が改められている。1885年(明治18年)には郷社に列せられている[3]。

1908年(明治41年)の一千年祭には佐々木伯爵から寄進を受けている。1958年(昭和33年)には一千五十年祭が斎行され、京都の八坂神社や神社本庁をはじめ、分霊社浜宮より献幣を受けている[3]。

国・滋賀県・野洲市の補助を受け、2019年(令和元年)9月に文化財を火災から守るため自動放水設備が設置された[5]。

境内

  • 本殿(国宝) - 三間社入母屋造、向背一間、檜皮葺。外陣の正面三間と側面一間は花狭間格子戸となっている。高欄は跳高欄。脇障子の若葉の浮彫は、欄間、蟇股とともに見事な彫刻となっている。東山文化の美を極めた華麗な彫刻や装飾が施されており、歴史的価値は高い[2]。
  • 拝殿
  • 社務所
  • 寄倍(よるべ)の池 - 底なし沼とされる池。昔水不足から御輿を二基沈めて祈願したところ、それ以来日照りが続いても水が枯れたことはないといわれる[2]。

摂末社

  • 篠原神社(重要文化財) - 祭神:石凝姥命。応永32年(1425年)建立。一間社隅木入り春日造、檜皮葺。餅の宮とも呼ばれる。この地域は良質のもち米が穫れることからか、当地は鏡餅発祥の地とされている。当社は鏡餅の元祖が祀られている[2]。
  • 大地主神社
  • 八幡神社
  • 伊勢神社
  • 長嶋神社

文化財

国宝

  • 大笹原神社本殿 附:棟札11枚

重要文化財

  • 境内社篠原神社本殿 附:棟札1枚

野洲市指定有形文化財

祭事

  • 例祭 - 5月5日

所在地

  • 滋賀県野洲市大篠原2375

アクセス

脚注

外部リンク

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