大阪メモリアルパーク
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| 詳細 | |
|---|---|
| 所在地 |
大阪府大東市 |
| 座標 | 北緯34度42分17秒 東経135度39分27秒 / 北緯34.70472度 東経135.65750度座標: 北緯34度42分17秒 東経135度39分27秒 / 北緯34.70472度 東経135.65750度 |
| 種別 | 私営霊園、宗教・宗派不問 |
| ウェブサイト | https://osaka-memorialpark.co.jp/ |
大阪メモリアルパーク(おおさかメモリアルパーク)は、大阪府大東市に所在する私営の大規模霊園。宗教・宗派を問わず利用できる霊園として、一般墓地、樹木葬、永代供養墓など複数の供養形態を有する。安藤忠雄がランドスケーププランと休憩所の設計・監修を手がけた霊園として知られ[1]、近年は日本の古墳文化をモチーフとした前方後円墳型の墓所「竹田式古墳墓」を導入したことでも報道で注目されている。[2][3]
安藤忠雄による設計・監修
沿革
- 1995年(平成7年) - 前身となる法人が設立される
- 2009年(平成21年) - 墓地販売を担う法人が大阪メモリアルパーク販売株式会社に商号変更
- 2010年代 - 樹木葬および永代供養墓の区画を拡充
- 2020年代 - 前方後円墳型の墓所「古墳墓」を導入[7]
- 2025年9月27日 - 株式会社前方後円墳(代表取締役:竹田恒泰)との連携による「竹田式前方後円墳」が関西初の前方後円墳型墓所としてグランドオープン[8]
- 2026年2月6日 - 古墳墓ご契約者108名が参加する「第一回古墳同窓会」をシェラトン都ホテル大阪にて開催[9]
- 2026年2月 - 家族専有タイプの「家族古墳墓(マイ古墳)」の販売を発表[10]
墓所・施設構成
大阪メモリアルパークでは、以下の墓所形態が整備されている。[11]
- 一般墓地
- 樹木葬
- 永代供養墓
- 竹田式前方後円墳型墓所(古墳墓・家族古墳墓)
竹田式古墳墓
概要
「竹田式前方後円墳」は、明治天皇の玄孫で日本文化研究者の竹田恒泰が令和6年(2024年)4月に創業した株式会社前方後円墳が開発した、前方後円墳の形状を模した共同墓所である。[12]大阪メモリアルパークへの設置は関西初の事例とされる。
構造
大阪メモリアルパークの古墳墓は、古墳時代後期に普及した横穴式石室(羨道・玄室)の構造を再現した横穴式石室型古墳として設計されている。前方部は合同永眠埋葬(合同墓)、後円部は個別安置埋葬(1〜4名用)となっており、古墳全体が集合墓の形態をとる。墳丘周囲には291基の円筒埴輪が配置され、埋葬者ごとの真鍮製名盤プレートが順次貼付される設計となっている。後円部内部には、御刀・御鏡・御玉の三種の神器を現代の職人が復元・制作したものが安置されている。[13]
家族古墳墓(マイ古墳)
2026年2月、半年で550区画が成約した竹田式古墳墓の普及を受け、特定の家族のみが使用できる家族専有タイプの「家族古墳墓(マイ古墳)」の販売が新たに発表された。[14]
社会的背景と報道
少子高齢化による墓の承継問題や管理負担の軽減を背景に、後継者の有無にかかわらず利用できる新しい供養の形として、産経新聞・日経クロストレンド・東京新聞・千葉日報など複数のメディアで取り上げられている。[15][16][17][18]
社会的背景
運営
- 霊園管理:大阪メモリアルパーク管理有限会社
- 墓地販売:大阪メモリアルパーク販売株式会社