大須賀聖良
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埼玉県さいたま市大宮区出身[2][3]。母の大須賀摩耶(大澤摩耶[4])は女流アマ王者で囲碁のインストラクター、伯母は大澤奈留美[2][5]。大叔父は埼玉県長瀞町町長の大澤芳夫[6][7]。名前の聖良の由来は母が『小公女セーラ』が好きだったことから[8]。4歳頃で囲碁を覚え、祖父の大澤完治が緑星囲碁学園さいたま新都心校代表であったことからそこで学び、幼少期は保育所代わりでもあった[2]。だが好きというわけではなく、完治も聖良は囲碁がそれほどやるつもりがないようだから、好きな絵でもやらせればと摩耶に言っていた[3]。
だが腕を上げていき、小学3年生で囲碁・将棋チャンネルの『棋力向上委員会 The PASSION!!』に出演した際、最初の対局相手は永代和盛で、大須賀は四段申告で手合割六子で戦い、置き石が大きいときはインストラクターがなんとか逆転していくものだが100手ほどで上半分の永代の白が撲殺、下半分は数手しかない大激戦で、攻め合いの難局になり永代はどうせ大須賀は失着するだろうと思っていたら正確な打ち筋で唖然としたという[2][9][10]。永代は体が前のめりになっており、一方の大須賀は姿勢がきちんとしており、同番組司会の稲葉禄子から「どっちがインストラクターか分からなかったね」と言われてしまい、永代は番組初の再戦を申し込み、同一シリーズで3回対局した[10]。次局、次々局も大激戦で大須賀の才能が発揮されたと話題となった[10]。永代は同番組で最も本当にムキにになって勝ちにいった相手だった[11]。この頃からプロの囲碁棋士になりたいと考えるようになり、同学年の夏から東京の洪道場へ通う[2][3][5]。永代との対局もプロを目指す一因だが、道場に通うようになる少し前、2012年12月にNHKの囲碁番組『囲碁フォーカス』で母の特集があり、プロ棋士を諦めた思いを知り、その無念を晴らすためだった[3][10][12]。母は今までのような遊んだり普通の生活ができなくなると言うも娘の意思は固かった[3]。母に勧められ、強いられたわけでもなくて道場の洪清泉からも行くのも良いことだと言われて小学6年生の8月から3か月、韓国の張秀英の囲碁道場へ1人で行き、幾度か日韓を往復して中学1年生までおよそ1年、朝から夜まで同い年くらいの子たちと対局、詰碁、棋譜並べの日々だった[2][3][8]。韓国語は韓国棋院の院長の妻のおかげで不自由はほとんどなかった[8]。その頃からプロの囲碁棋士になるしかないと思うようになり、韓国から帰ってきて中学2年の4月、日本棋院の院生となる[2][3]。囲碁がしたくて中学に通う意味がわからず、母もそんなにしてくなもいいと思っていたが、いざ入学すると思いの外、勉強が楽しかった[13]。
アマとしては2014年、さいたま市立芝川小学校時代に小・中学校囲碁団体戦埼玉県代表選抜戦小学生の部優勝[14]。小学6年生で第36回文部科学大臣杯少年少女囲碁大会全国大会5位で同大会唯一の女性での入賞、ゆうちょ杯ジュニア本因坊戦全国4位[2][15]。埼玉女流名人戦3連覇、全国大会では母とともにベスト8となる[2]。
院生になって3か月後、それを辞めたいと母に手紙で伝えた[3]。囲碁で知られた人に連なる自分への期待、プレッシャーからであった[3]。それを汲んだ母は力になればと、あるトップ棋士との会食の場を設け、そこで母はその相手に棋士になって良かったことを尋ねると、給料(賞金)の高さだと答えたことで大須賀は気力が戻った[3]。師匠の洪清泉は大須賀が家族思いで今まで一家に金銭的負担をかけたとの思いが強く、プロで収入を得て返したいと斟酌している[3]。段々と院生として道を進め、2018年の女流特別採用試験では次点、2019年に院生研修の8月期10勝8敗、Aクラス10人中5位となり同クラスに9月期も残留となるため、同試験で同じ年度に日本棋院東京本院の院生研修Aクラスに5か月以上在籍の条件を満たして女流特別採用推薦棋士として2020年4月1日付で初段となる[2][5]。院生としてAクラス1位にもなっているが、女性としては唯一[16]。2019年10月3日、15歳でのデビュー戦では木部夏生と対局、大須賀の負けだった[2]。同年10月時点で高校には通学しておらず、1日10時間ほど道場で勉強、張豊猷の今研、小山空也の空研、高尾紳路と小松英樹の研究会にも通っていた[2]。2023年、二段昇段[1]。
2020年、第2回ワイズアカデミー杯準優勝[17]。2022年、2023年女流本因坊戦本戦トーナメント、2022年度から女流棋聖戦3期連続進出[18]。2023年、第9回女流秀策杯優勝[19]。
2025年6月7日、事故による頭部外傷のため東京都内の病院で死亡、21歳[18]。通算成績は155戦60勝95敗[1]。同年5月8日、本因坊戦予選C、遠藤悦史との対局で負けとなったのが最後の対局だった[18]。追贈三段[20]。
良績
脚注
- 1 2 3 4 5 “女性囲碁棋士三段の大須賀聖良さんが事故死 21歳”. スポーツニッポン. (2025年6月9日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/06/09/articles/20250609s000413H4420000c.html 2025年9月14日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 “15歳でプロデビュー戦、さいたまの女流囲碁棋士が大きな一歩 初勝利ならずも「タイトル取りたい」”. 埼玉新聞. (2019年10月5日). https://www.saitama-np.co.jp/articles/2591/postDetail 2025年9月14日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 「月刊囲碁 新初段物語12 大須賀聖良 名流の重圧はねのけ」『朝日新聞』2020年3月14日、東京版夕刊、3面。
- ↑ “4年ぶりの女流秀策杯”. FMおのみち. (2023年3月21日). https://www.fmo.co.jp/%EF%BC%94%E5%B9%B4%E3%81%B6%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%A5%B3%E6%B5%81%E7%A7%80%E7%AD%96%E6%9D%AF/ 2025年9月14日閲覧。
- 1 2 3 “15歳の大須賀聖良さん、囲碁棋士に”. 産経新聞. (2019年9月3日). https://www.sankei.com/article/20190903-J7MNIZZ3EJP4ZEOCQYOSOYBWAA/ 2025年9月14日閲覧。
- ↑ 大澤摩耶 (2013年4月11日). “知事室にて”. 大沢摩耶のブログ. 2025年10月29日閲覧。
- ↑ “町長からのメッセージ”. 長瀞町 (n.d.). 2012年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月29日閲覧。
- 1 2 3 “セイラの旅路 新初段シリーズ第2戦・大須賀”. 週刊碁: p. 20. (2019年12月23日)
- ↑ 永代和盛 (2020年1月8日). “大須賀聖良プロとの因縁とは【1】”. 永代囲碁塾. 2025年10月29日閲覧。
- 1 2 3 4 永代和盛 (2025年6月11日). “突然の訃報”. 永代囲碁塾. 2025年9月14日閲覧。
- ↑ 永代和盛 (2016年3月7日). “公開対局(永代VS大須賀聖良)”. 永代囲碁塾. 2025年10月29日閲覧。
- ↑ “囲碁フォーカス”. NHK囲碁と将棋. 日本放送協会 (n.d.). 2013年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月29日閲覧。
- ↑ 稲葉禄子 (2019年11月). “Diamond Log Saron” (PDF). ダイヤモンド囲碁サロン. p. 1. 2025年9月14日閲覧。
- ↑ “小・中学校囲碁団体戦埼玉県大会 芝川小、開智中が優勝”. 産経新聞. (2014年6月16日). https://www.sankei.com/article/20140616-AOPUJW2XCZIKLBFHOMCU2IVILM/ 2025年9月14日閲覧。
- ↑ “プロレベルの対局も 熱戦が繰り広げられた少年少女囲碁大会 - NHKテキストビュー”. BOOKSTAND (2015年11月15日). 2025年9月14日閲覧。
- 1 2 “21歳女流棋士・大須賀聖良三段、突然の訃報に悲しみの声 「そんなことがあるなんて」”. J-CASTニュース. (2025年6月10日). https://www.j-cast.com/2025/06/10505049.html?p=all 2025年9月14日閲覧。
- ↑ “歴代記録 - ワイズアカデミー杯”. 日本棋院 (n.d.). 2025年9月14日閲覧。
- 1 2 3 “【囲碁】女流棋士の大須賀聖良三段が21歳事故死 頭部外傷のため”. 日刊スポーツ. (2025年6月9日). https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202506090000926.html 2025年9月14日閲覧。
- ↑ “女流秀策杯が開催”. FMおのみち. (2023年3月20日). https://www.fmo.co.jp/%E5%A5%B3%E6%B5%81%E7%A7%80%E7%AD%96%E6%9D%AF%E3%81%8C%E9%96%8B%E5%82%AC/ 2025年9月14日閲覧。
- ↑ “大須賀 聖良(オオスカ セイラ / OSUKA, Seira)”. 日本棋院 (n.d.). 2025年9月14日閲覧。
- ↑ “大須賀 聖良”. 洪道場ホームページ (n.d.). 2025年9月14日閲覧。