天ぷらまんじゅう

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福島県会津若松市の天ぷらまんじゅう

天ぷらまんじゅう(てんぷらまんじゅう)は、饅頭を付け、油で揚げて天ぷらにした菓子[1]

天ぷらのサクッとした食感、饅頭の皮のしっとりとした食感、あんこの甘さが同時に味わえる[2]

日本全国に郷土料理として点在している[1]長野県[1][3]福島県会津地方[1][3]岐阜県飛騨地方[3]東京都の一部[3]滋賀県[1]島根県大田市[1]で親しまれている。

ふた口ほどの小さめの饅頭が使用され、饅頭の中はこしあんが定番となっている[3]。祭事や来客の際の定番とも言える家庭料理である[3]

仏前に供えていた饅頭を安全に食べるために油で揚げたのがはじまりともいわれている[3]

点在する理由の推測

天ぷらまんじゅうが日本各地に点在している理由の鍵となるのが、石見国吉永藩(現・島根県大田市)である[1]

天ぷらまんじゅうの発祥は長野県とされ、1643年保科正之高遠藩(長野県)から会津藩に移る際に、福島県会津地方へと伝わった[1]

加藤明友1634年に石見(大田市)に吉永藩を立藩した後、旧領である会津藩から職人を吉永藩に呼び寄せが、この際に天ぷらまんじゅうも石見に伝わったと推測される[1]。吉永藩は39年しか続かず、1682年近江国水口藩(現・滋賀県)に移り、この際に滋賀県に伝わったと考えらる[1]

ただし、これらは文献などで確認できる内容ではなく、歴史的な事柄からの推測である[1]

揚げ饅頭との違い

類似した菓子に揚げ饅頭があるが、こちらは売れ残って硬くなってしまった饅頭を揚げて食べたのがはじまりと言われており、揚げ饅頭は衣をつけずに揚げて作るのが最大の違いである[3]

天ぷらまんじゅうには、天ぷら衣に由来するサクっとした食感がある[3]

福島県会津地方

福島県会津地方では、天ぷらまんじゅうは、そのままおやつとして食されるのはむろんのこと、一般的な天ぷらと同様に天つゆや醤油につけて、おかずやおつまみとしても食されている[3]。一般的な天ぷら同様にあたたかい蕎麦に乗せたり、ラーメンのトッピングとしても食されている[3]

会津の食文化研究家によると、会津の古文書をもとに探ったまんじゅうの天ぷらの起源は明治初期に遡り、当初はあずき入りの生麩や小倉麸を用いた天ぷらであったとされる。[4]

これらは主に葬儀の献立として用いられていたが、小倉麸は庶民にとって入手が難しかったため、その代用品としてまんじゅうが使われるようになり、次第に普及したと考えられている。[4]

明治末期には、まんじゅうの天ぷらは裕福な家庭で食される料理であったとされる。[5]

昭和初期になると、砂糖が庶民にも比較的自由に使われるようになり、麸ではなく、まんじゅうを揚げて食べる形が一般化したと考えられている。[6]

会津若松市河東町八田の強清水の老舗店で、時間のたった商品のまんじゅうを天ぷらにし、昭和30年代に商品として売り出したとされる。[7]1990年頃までは、まんじゅうの天ぷらは強清水周辺でのみ販売されていたが、その後広まり、現在では数えきれないほどになったとされる。[7]

岐阜県飛騨地方

天ぷらまんじゅうは、岐阜県飛騨市神岡町の名物とされる[8][9]

こしあんが入った紅白まんじゅうに天ぷら粉をつけて揚げる[8][9]

家庭で揚げる天ぷらまんじゅう専用の饅頭も市販されている[9]

長野県

島根県大田市

出典

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