天王川公園
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座標
北緯35度10分24.91秒 東経136度43分16.71秒 / 北緯35.1735861度 東経136.7213083度座標: 北緯35度10分24.91秒 東経136度43分16.71秒 / 北緯35.1735861度 東経136.7213083度
面積
11.6ha[1]
| 天王川公園 Tennōgawa Park | |
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| 分類 | 総合公園[1] |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯35度10分24.91秒 東経136度43分16.71秒 / 北緯35.1735861度 東経136.7213083度座標: 北緯35度10分24.91秒 東経136度43分16.71秒 / 北緯35.1735861度 東経136.7213083度 |
| 面積 | 11.6ha[1] |
| 開園 | 1920年(大正9年) |
| 駐車場 | 128台 |
| 公式サイト | 天王川公園 |

天王川公園はかつて津島市内を流れた天王川が、1899年(明治32年)の佐屋川の廃川によって孤立して誕生した「丸池」周辺に整備された公園である[2]。
1918年(大正7年)2月26日に多田可継(後の津島町長)ほか全町会議員が「津島公園建設ノ件ニ関スル建議案」を提出[2]。同年3月に多田が津島町長に就任すると公園化が推進され、翌1919年(大正8年)9月には本多静六や田村剛を招聘して公園設計案が立案された[2]。
1920年(大正9年)4月に愛知県から公園建設事業の認可を受け、同年6月に起工式が行われた[2]。
当初は工期10年となる大規模事業の予定だったが、津島町家主会問題(1919年秋)、スペイン風邪の大流行(1920年1月)、大正の大恐慌(1920年3月)によって、植物園の造成が批判にさらされるなど規模が縮小され、基本的整備が完了した4年目に終了となった[2]。
1935年(昭和10年)に猿動物園が置かれたのに始まり、1958年(昭和33年)にはライオンやクマなどを飼育する動物舎が設置。以降もフラミンゴなどが飼育されていたが、1998年(平成10年)に廃止された。
津島市はフジの名所であり、公園にも1978年(昭和53年)から藤棚が造成され、1983年(昭和58年)には「日本最大の藤棚」が完成している。現在では四季折々の景色を楽しむことができ、2007年(平成19年)には日本の歴史公園100選にも選ばれた。