太田勝
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豊川高校では2年生の時、1955年秋季中部地区大会に進むが、準決勝で小池兼司のいた浜松商に延長15回サヨナラ負け。翌1956年夏も県予選準々決勝で時習館高に敗れ、甲子園出場はならなかった。
卒業後は中央大学へ進学し、1年生からレギュラーとなる。東都大学リーグでは1958年春季リーグで小栗秀夫、若生照元両投手を擁し5年ぶりに優勝を飾った。同年秋季リーグでベストナイン(一塁手)に選出される。しかしチームは部員の不祥事により1959年春季リーグ出場停止、同年秋季リーグから二部に降格された。大学の2年上に桑田武、森田斌、1年上に小栗、若生の他、西山弘二(広島)、本田威志がいた。