太田宏次
日本の経営者
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経歴
長野県松本市出身[1]。長野県松本深志高校を経て[2]1955年に東京大学工学部電気工学科を卒業し、同年に中部電力に入社[1]。1985年6月に取締役、1989年6月には常務、1991年6月には副社長に就任し、1995年6月には社長に昇格した[1]。2001年6月に会長に就任した[1]。また、1999年6月には電気事業連合会会長、2001年5月には中部経済連合会会長を務めるとともに、1970年から1985年まで愛知工業大学で講師、1998年には電気学会会長を務めた[3][1]。
2004年7月、知人の古美術商からの不明朗な古美術品購入により、中部電力への不信が膨らんだ責任をとるとして、会長職を辞任。同月をもって中部経済連合会会長の職を辞任し、2005年日本国際博覧会(愛知万博)協会副会長の職も早期に辞するとした[4]。同年9月の中部電力の発表によれば、購入した古美術品計262点を鑑定した結果、贋作も含まれ実際の価値は購入金額の2-3割であり、この取引の損害額が4億5700万円に上るとされた。同社は、損害額の9割を太田に賠償するよう求め、太田も支払いを了承したとしたが[5]、2005年4月28日に同社は太田を相手とした損害賠償請求訴訟を提起[6]。2007年12月27日に、太田が約4億4425万円の損害賠償義務を負うことを認めたうえで、同社が太田への退職慰労金の支給に係る議案を株主総会に上程しないこと、同社が太田への損害賠償請求権を放棄することなどを内容とした和解が成立した[7]。