太田山公園
From Wikipedia, the free encyclopedia
分類
都市公園
座標
北緯35度22分46.9秒 東経139度56分21.0秒 / 北緯35.379694度 東経139.939167度座標: 北緯35度22分46.9秒 東経139度56分21.0秒 / 北緯35.379694度 東経139.939167度
面積
9.7ha
| 太田山公園 Ōdayama Park | |
|---|---|
|
太田山山頂 | |
| 分類 | 都市公園 |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯35度22分46.9秒 東経139度56分21.0秒 / 北緯35.379694度 東経139.939167度座標: 北緯35度22分46.9秒 東経139度56分21.0秒 / 北緯35.379694度 東経139.939167度 |
| 面積 | 9.7ha |
| 開園 | 1978年(昭和53年) |
| 運営者 | 木更津市都市整備部市街地整備課 |
| 現況 | 通年開放 |
| 設備・遊具 | フィールドアスレチック・きみさらずタワー等 |
| 駐車場 | あり(無料、68台) |
| アクセス | JR木更津駅東口より徒歩約15分 |
| 告示 | 1969年(昭和44年) |
| 事務所 | 木更津市郷土博物館金のすず |
| 事務所所在地 | 木更津市太田二丁目16-2 |
| 備考 | 太田山:標高44m |
| 公式サイト | 公式サイト |




画像中央の山が太田山公園である。なお、太田山の東側(右側)に、撮影当時用地買収中の国道16号(長浦木更津バイパス)用地が、南北に貫いているのが確認できる。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成(1979年撮影)
太田山公園(おおだやまこうえん)は、千葉県木更津市にある公園。日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘媛(おとたちばなひめ)の悲恋伝説にちなみ、恋の森とも呼ばれる[1]。園内にはサクラの木があり、桜の名所とされる[2]。
園内施設
太田山は標高44mで、山頂には剣の形をしたきみさらずタワーが立つ[3]。また、山頂には古墳があったという伝承があるが、現存しない[4]。公園面積は9.7万m2[5]。
園内には、かずさエフエム(BREEZE RADIO)の送信所が設置されていたが2015年に移転した[6]。
- きみさらずタワー
- 木更津市郷土博物館 金のすず - 2008年(平成20年)10月に千葉県から木更津市に譲渡された博物館で旧称は千葉県立上総博物館[1]。「くらしの中の技術」をテーマとしており、上総掘りなどの展示のほか、金鈴塚古墳からの出土品(重要文化財)の保管と公開を行う[1]。
- 旧安西家住宅 - 江戸時代中期の建築とされる農家・安西家の住宅を移築したもの[1]。寄棟・平入の茅葺き住宅で、1981年(昭和56年)4月に木更津市指定文化財となった[7]。
- 橘神社 - 弟橘媛を祀って建てられたとされ、縁結びに利益があるという[8]。金鈴まつりの際はここで「修祓式」を行って祭りが始まる[9]。
- フィールドアスレチック[10]
- 遊歩道[10]
モニュメント
- 忠霊塔 - 1954年(昭和29年)11月15日建立[11]。
- 細井魚袋歌碑 - 1957年(昭和32年)11月2日建立[12]。魚袋は君津郡巌根村(現・木更津市)出身の歌人。
- 小山義雄歌碑 - 1990年(平成2年)5月26日建立。小山義雄は木更津市教育長などを歴任し、1992年に木更津市名誉市民となった人物。[13]
かつて存在した施設
歴史
神代には、東京湾に入水した弟橘媛を想いながら日本武尊が太田山から海を見つめ、長くこの地にとどまったとされる[1]。このことから、後にこの地は「君不去」(きみさらず)と名付けられ、木更津に変化したという[18]。
第二次世界大戦中には太田山に高砲射陣地が築かれ、陸軍によりトンネルや地下壕が掘られた[17]。しかし、木更津市当局は戦中の太田山について十分に把握できておらず、詳細は不明である[17]。
1953年(昭和28年)からは、太田山で金鈴まつりが始まった[19]。1969年(昭和44年)には都市公園計画が決まり、1978年(昭和53年)に整備が完了した[5]。1982年(昭和57年)、旧安西家住宅を園内に移築する[8]。2004年(平成16年)4月24日放送の テレビ東京のバラエティ番組・出没!アド街ック天国にて、きみさらずタワーと橘神社を中心に太田山公園が取り上げられた[20]。