夾谷 From Wikipedia, the free encyclopedia 繁体字: 夾谷簡体字: 夹谷拼音: Jiágǔ注音符号: ㄐㄧㄚˊㄍㄨˇ夾谷各種表記繁体字: 夾谷簡体字: 夹谷拼音: Jiágǔ注音符号: ㄐㄧㄚˊㄍㄨˇラテン字: Chiagu広東語発音: Gaap3guk1上海語発音: Kah4koh4, Gah4koh4台湾語白話字: Kiap-kokテンプレートを表示 夾谷(きょうこく)は、中国の古い地名、または漢姓のひとつ。 紀元前500年に斉の景公と魯の定公が会合を行った「夾谷の会」でその名が知られる。『春秋左氏伝』ではその地を「祝其」と書く。現在のどこにあたるかははっきりしないが、顧炎武によれば現在の山東省の萊蕪または淄川にあたる[1]。 『春秋左氏伝』定公十年、『史記』孔子世家、『孔子家語』相魯などに記すところによると、この会合において斉側は萊の夷狄に武器を持たせて魯を脅したが、定公側の代表である孔子がこれにひるまず、結局斉は魯に奪った土地を返したという。 姓 夾谷(きょうこく)は漢姓のひとつ。『百家姓』の455番目。 女真の姓であり、『金史』および『元史』に夾谷姓の多くの人名が見える。 現在ではきわめてまれな姓である。 脚注 ↑ 顧炎武『日知録』 巻31・夾谷。https://archive.org/stream/06061672.cn#page/n122/mode/2up。 Related Articles