女書店

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設立 1994年 (32年前) (1994)[1]
本社 大安区新生南路中国語版三段56巷7号2階、
ウェブサイト www.fembooks.com.tw
女書店
(Fembooks)
設立 1994年 (32年前) (1994)[1]
本社 大安区新生南路中国語版三段56巷7号2階、
ウェブサイト www.fembooks.com.tw
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女書店 (にょしょてん、ニュイシューディエン[2]英語: Fembooks) は、台湾台北に拠点を置く書店である[3]。1994年に中国語圏で初めてのフェミニスト書店 として開業し[3]台湾のフェミニズムのマイルストーンとなっている[4][5] 。その設立以降、事業の範囲は出版や[1]カフェ併設のイベント会場の運営などに拡大している[5]

政治的背景

台湾の政治史は激動である。 1947年の二・二八事件以降、台湾では数十年にわたり戒厳令が敷かれ、表現の自由集会の自由が制限された[6]。勇気のある市民たちは、知識や情報を交換し、改革に向けて努力するため、地下読書クラブを設立した[5]。1987年にようやく戒厳令が解除されると[7]新政党の結成が許可され、1992年には台湾で初めて自由で一般的な議会選挙が行われた[8]

女性運動

戒厳令下でも、「婦女新知雑誌社」がジェンダー平等を推進する雑誌を出版していた[9][10]。 戒厳令の解除後、女性運動を含む地下活動は表に現れ、熱心な女性たちは更なる平等を推進するプロジェクトを立ち上げた[5]。雑誌から派生して、台湾で初の女性運動組織である「婦女新知基金会英語版」が設立された[9]。中国本土とは異なり、台湾はより民主的な発展によって市民イニシアチブの盛んな政治情勢で、女書店にはよい状況であった。当時の計画は、その店が女性運動の資金を調達するものだった[5]

設立

店名のスタンプ

女書店は、主に「婦女新知基金会」の活動家李元貞中国語版英語版・鄭至慧[11]と支援者のグループによって1994年4月17日に設立された[1]。現金預金によって店を長期的に支援した顧客のうち最初の人物は、新北市出身の男性医師だった[12]。店は国立台湾大学のキャンパスの近くにある[12]

中国語の店名は「女性の書店」を意味する「女書店」で、女性が編みだし女性だけが使用してきた文字体系である「女書」に触発されている[11]。中国語名の漢字は台湾の著名な書家董陽孜中国語版英語版によってデザインされた[13]。英語の店名は「fembooks」である[13]。また、書店のシンボルマークのモチーフはヴァージニア・ウルフである[14]

女書店のモットーは「女性により、女性に関して、女性のために書かれたもの」[3]であり、その使命は「文化的な影響力を通じて、女性運動を推進すること」や[5]、女性の自信を高めることである[4]

設立から2年後の1996年、女書店は事業を拡大して出版部門を設立し[1][3]、現在に至っている[15]。最初に出版した本は、ケイト・ショパンの『目覚め』であった[1][3]。ジェンダー問題に関する多数の本を出しており[5]、「女抒herstory」と「女書fembooks」の2つのカテゴリから始まったが、「性別教育」「青春少女」「男性研究」「同言同語」というカテゴリが増えている[13][16]

業績

「台湾女性文化のランドマーク」の称号

女書店は中国語圏で最初のフェミニスト書店であり、早い時期から台湾以外の香港、中国、東南アジアなどからの顧客を集めていた[5]。 2007年に、女書店は「台湾女性文化のランドマーク」(zh:臺灣女性文化地標 )に選ばれた[4][10]

同社は政治的にも活動的で、2006年には、「わいせつ物」頒布を禁じる中華民国刑法第235条の廃止を求め、憲法解釈を求める市民団体「廢刑235行動聯盟」に加わった[17]。これは、女書店の5年後にアジア初のLGBT書店として近隣にオープンして同じくジェンダー問題の象徴となっていた「晶晶書庫中国語版[11]が、2003年に仕入れた雑誌をわいせつ書物として検挙され、刑法第235条の「わいせつ罪」で有罪となった[18]ことを契機とするもので、女書店は晶晶書庫の法的闘争を支援した[19]

台湾は2019年にアジアで最初に同性婚を認めた国となった[20]が、女書店はこの進展にも役割を果たしたといわれている[12]

運営

範囲

様々な年齢や背景を持った読者に向けて[1][5]、店は地域や国内外の専門書、ノンフィクション、伝記、小説、詩、映画などを取り扱う[15]。オフィススペースもレンタルで利用できる[12][14]

定期的にフェミニズムの講座、アクティビティ、本の刊行記念イベント[21]を開催している[4]。朗読会や展覧会[15]、シンポジウムやパネルディスカッション[5]、勉強会や読書会、映画上演会等のイベントがあり[14]、オンラインでの開催も行い[14]、SNSから新しい訪問者たちも訪れるようになっている[5]。店舗ではカフェも経営している[22]

性別や性的志向を問わずに出入り可能で、早い時期から同性愛関連書籍も扱っていたことから、開店から数年の間は連れ立ってやってくる男性カップルや女性カップルもいたと関係者は回想している[2]。また、2021年時点でマネージャーであったSophie Lee(李秀美[23][24])は、店は親子が共に過ごす場所になっていると述べている[5]

さらに、学校の図書室にフェミニズムの本を寄付して特集棚を作る、台湾各地の書店を本を載せたトラックで訪問し、フェミニズムの専門家のレクチャーを開く等、書店の外に出向いての活動もしている[14][10]

移行期のビジネスモデル

2003年に、女書店は一度は廃業を株主会議で決定したが[25]、国立台湾大学の教授の資金集めの活動によって閉鎖から免れた[12]

創業してから時間と共に、その守備範囲はジェンダー多様性の側面も含んで拡張されてきた。クィアの権利、同性愛男性学といったトピックは新しい顧客層を開拓した。2010年代後半から、顧客層の一部として男性が増えている[5]

出版業界の市場のマイナス展開は、女書店をも見逃さなかった[5]。2017年の支援キャンペーンでは、香港の英語詩人であるニコラス・ウォン中国語版といった作家たちの協力によって資金が集められた[12]。それにもかかわらず、女書店は2017年7月、持続不可能な損失によって書店業務を停止した[22][26]。月々の赤字は5万新台湾ドルから7万新台湾ドルだった[12]。2017年には、顧客アカウントを持つ常連客が600人を超えていた[12]

ビジネスモデルは、小規模の個人投資家に依存している。2017年の一部閉業の際に、男性3人を含む55人の株主がいたが、その投資は業務の赤字を埋め合わせるのに十分ではなかった[12]。しかし、大口の投資家がいないということは、設立者が使命を放棄する必要がないことを意味するため、有利とみなされた[12]

改装後の内観(2023年)

一時閉鎖中も出版事業は継続され、インターネットと出版物を通じた販売と交流も休業の影響を受けなかった[12]。支店長の楊瑛瑛は、この転機を「私たちはどん底にいますが、新しいビジネスアイディアを持った若い人が、会社に新しい方向性を与えてくれると信じています」と表現した[12]。株主総会で、新しいマネージャーが選出され、財務が再構築された[12]。敷地内は改装され、店舗は翌年新しいコンセプトで再オープンすることができた[22]

デジタル化の進展、特に新型コロナウイルス感染症流行は、書店が書籍の販売のみで2020年代を生きのびることを再び困難にており、2021年には、公共の利益への最大限の貢献を収益の懸念抜きに行えるように、女書房をNPOに変更したいと望んでいた[5]

ギャラリー

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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