臨潼区の姜寨遺跡では紀元前4500年頃の新石器時代中期の環濠集落が発見されている。集落は3時期に区分できる。前期には環濠は存在せず、2つの単位集団から集落は形成されていた。中期に環濠が掘られ、4つの集団に分かれていった。中小住居の周りには多くの土坑が認められ、食糧などを貯蔵する貯蔵穴と考えられる。後期にはこれまでにない大型住居である1号住居跡とその周りの中小住居といった1単位の集落構成となる。
1975年、姜寨原始村落跡の広場で、2000人以上を埋葬した大型墓地が発見された。この墓地が形成されたのは、上述の原始村落が放棄された後であり、約6000年前の仰韶文化の半坡類型後期に属することが分かった。墓地の面積は約1000平方mに達し、保存状態は良好で、180基あまりの墓が発掘されている。墓坑はすべて長方形あるいは正方形で、最大のものは縦3.4m、横2.4m、最小のもので縦0.51m、横0.37mとその大きさは一定していない。
墓中の人骨は、いったん仮埋葬した後に、主要な骨を拾い集め、改めて埋葬した「二次葬」によるものがほとんどである。また180基あまりのうち130基あまりが合葬墓で、合葬された人数は少なくて2人、多い場合は80人あまりに達したが、一般には20人前後であった。いずれも性別・年齢などを問わず、老若男女が一緒に埋められていた。残りの50基あまりの単人葬のうち、32基が一次葬で、大部分が仰臥伸展[注釈 1]の姿勢であった。
副葬品はおおむね生活用品と生産用具であり、土器が多く、ほかに石器や骨器もみられた。なかには蓋つきの石皿・小さな削り棒・水差し・赤鉄鉱の塗料などの絵画用品が副葬された墓もあった。