姫宮神社 (知夫村)

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位置 北緯36度01分48秒 東経133度01分26秒 / 北緯36.03000度 東経133.02389度 / 36.03000; 133.02389 (姫宮神社 (知夫村))座標: 北緯36度01分48秒 東経133度01分26秒 / 北緯36.03000度 東経133.02389度 / 36.03000; 133.02389 (姫宮神社 (知夫村))
主祭神 日本姫命[1]
姫宮神社
姫宮神社の境内
姫宮神社 境内
所在地 島根県隠岐郡知夫村2889[1]
位置 北緯36度01分48秒 東経133度01分26秒 / 北緯36.03000度 東経133.02389度 / 36.03000; 133.02389 (姫宮神社 (知夫村))座標: 北緯36度01分48秒 東経133度01分26秒 / 北緯36.03000度 東経133.02389度 / 36.03000; 133.02389 (姫宮神社 (知夫村))
主祭神 日本姫命[1]
社格村社[1]
創建 不詳[1]
本殿の様式 春日造変態[1]
例祭 7月12日[1]
主な神事 蘇民将来
地図
姫宮神社の位置(島根県内)
姫宮神社
姫宮神社
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姫宮神社(ひめみやじんじゃ)は島根県隠岐郡知夫村古海に所在する神社。古海(うるみ)地区で執り行われる村指定無形民俗文化財「蘇民将来符」の主な場となる。

創立年代は不詳だが、貞享2年(1685年)の棟札が残っている[1]元禄16年(1703年)の『島前村々神名記』や天保4年(1833年)の『隠州風土記』に「姫宮大明神・倭姫命」とある[1]。社伝では、母乳が出ない産婦が乳型を奉納すると乳を授ける霊験があると言われる[1]

古海地区の氏神として崇敬されている[1]。知夫村の伝承である「十社参り」において、当社では姫宮神社、愛宕神社(境内社)、弁才天神社(遥拝所)を参拝する[2][注釈 1]

祭神

主祭神

この神が祭神になった由来は伝承されていないが、「姫宮」という社名に付会したものと考えられている[3]。明治時代の『神社取調帖』では当社の「御神体二座 男神一尺許 女神八寸許」を『隠岐国神名帳』知夫郡に記載される「従四位上云海彦(うるみひこ)神」に関係するものと考えており、元は男神であった可能性もある[3]

配祀神

『神名記』(西郷梅之舎本)に「従四位姫宮大明神・倭姫命或豊玉姫 玉依姫」(小文字は原文割注)とある[1]

境内

  • 本殿
木造銅板葺の春日造変態で、1間30×1間26[1]
  • 幣殿
木造瓦葺で、1間×0.84間[1]
  • 拝殿
木造銅板葺で、2間×2間48[1]
  • 参籠所兼社務所[1]
  • 愛宕社
祭神は軻遇突智命[1]伊弉册尊および火産霊命とする文献もある[4]
  • 宮の影横穴墓群
海側の入り口下方に所在する、6世紀後半の横穴墓[5]

蘇民将来

蘇民将来」は隠岐島内で古海(うるみ)地区のみに行われている珍しい風習で、毎年1月12日に実施している[6]。この神事が始まった時期は不明だが、姫宮神社の宮司であった石塚氏の指導によって始まったと伝わり[6]、出雲地方から伝わった可能性があるが断定はできないとされる[7]。2001年11月1日には「蘇民将来符」として村指定無形民俗文化財に指定されている[8]

「蘇民将来」では、直径10センチメートル、長さ30センチメートルの柳の生木を縦に割り、割った面に「蘇民将来末社小神」と墨書する[6]。この護符を姫宮神社祭壇に安置して宮司による祈祷を受けたあと、古海地区の数人がこれを地区への進入路8ヶ所に打ち立てて神酒を供える[9]

柳の木を使う蘇民将来の神事は珍しいとされ[7]信濃国分寺八日堂の「ドロヤナギ」を用いた蘇民将来符との関連が指摘されている[10][注釈 2]。古海地区ではその生命力の強さから柳を用いると伝わっているが[10]、信濃ではドロヤナギが薬木であること、柳が古代中国で退魔の木であったことに関連させている[11]。なお、近松門左衛門が『日本振袖始』に「疇(くろ)の柳」で蘇民将来の護符を作ることを記しているほか[12]佐渡島とうどやの準備として蘇民将来の板とともに厄神除けとされる「ヤナギ」という竹で作った祭具を飾る例[13]、愛知県旧鳳来町カワヤナギに「以蘇民将来子孫之門也」と墨書する例[14]などがある。

脚注

参考文献

外部リンク

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