孔崇弼

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孔 崇弼(こう すうひつ、生没年不詳)は、五代十国時代官僚孔子の四十一世の孫とされる。もとの名は昌弼。は佐化[1]本貫兗州曲阜県

孔緯の子として生まれた。のときに進士に及第した[2]後唐荘宗の祖父の李国昌の諱を避けるために、名を崇弼と改めた。はじめ後唐に仕え、吏部郎中から給事中に任じられた。後晋天福年間、左散騎常侍に任じられた。才能といえるものはなく、ただ談笑をよくし、人物をからかって、眉を上げて掌をぶつけて、人の歓心を買った。天福5年(940年)、呉越への使節として派遣された。翌年、帰途についたが、海上で船が壊れ、空手で帰国した[3]

脚注

伝記資料

参考文献

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