孔崇弼 From Wikipedia, the free encyclopedia 孔 崇弼(こう すうひつ、生没年不詳)は、五代十国時代の官僚。孔子の四十一世の孫とされる。もとの名は昌弼。字は佐化[1]。本貫は兗州曲阜県。 孔緯の子として生まれた。唐のときに進士に及第した[2]。後唐の荘宗の祖父の李国昌の諱を避けるために、名を崇弼と改めた。はじめ後唐に仕え、吏部郎中から給事中に任じられた。後晋の天福年間、左散騎常侍に任じられた。才能といえるものはなく、ただ談笑をよくし、人物をからかって、眉を上げて掌をぶつけて、人の歓心を買った。天福5年(940年)、呉越への使節として派遣された。翌年、帰途についたが、海上で船が壊れ、空手で帰国した[3]。 脚注 ↑ 新唐書 1975, p. 3434. ↑ 旧唐書 1975, p. 4652. ↑ 旧五代史 1976, p. 1271. 伝記資料 『旧五代史』巻96 晋書22 列伝第11 『旧唐書』巻179 列伝第129 『新唐書』巻75 表第15 参考文献 『旧五代史』中華書局、1976年。ISBN 7-101-00321-4。 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。 Related Articles