慈昌
安土桃山時代から江戸時代にかけての浄土宗の僧
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生涯
初め、武蔵国新座郡の時宗大平山法台寺の蓮阿に師事して出家、一遍の法流を伝えた。
永禄4年(1561年)岩瀬大長寺の存貞に従って浄土宗に改宗した。
その後、武蔵国川越蓮馨寺をへて、天正2年(1574年)与野長伝寺を開創し、天正12年(1584年)には江戸増上寺の12世となる。
天正18年(1590年)徳川家康の関東入部にともない師檀の関係を持ち、増上寺は徳川家の菩提寺となった。
慶長3年(1598年)、増上寺の寺地を現在の芝(東京都港区)に移して、家康の手厚い保護のもと京都知恩院とともに浄土宗の名刹となった。
元和2年(1616年)、家康の遺言により、慈昌は導師として、増上寺における家康の葬儀を執り行った[1]。また、境内に御霊屋を建立した[1]。
元和6年(1620年)11月2日、死去。