孤雲寺 From Wikipedia, the free encyclopedia 所在地 慶尚北道義城郡丹村面亀渓里116宗派 曹渓宗(華厳宗⇒曹渓宗)寺格 曹渓宗第16教区本寺朝鮮三十一本山(日本統治時代)本尊 釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩孤雲寺(高雲寺⇒孤雲寺) 所在地 慶尚北道義城郡丹村面亀渓里116宗派 曹渓宗(華厳宗⇒曹渓宗)寺格 曹渓宗第16教区本寺朝鮮三十一本山(日本統治時代)本尊 釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩創建年 681年(新羅神文王元年)開基 義湘 テンプレートを表示 孤雲寺(こうんじ、コウンサ、고운사)は、大韓民国慶尚北道義城郡にある仏教寺院。韓国仏教の最大勢力宗派である曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の第16教区本寺。韓国最古の木造建物の一つである極楽殿(国宝第15号)がある鳳停寺は、孤雲寺の末寺である。 681年(新羅神文王元年)に義湘が創建した[1]。最初は高雲寺だったが、新羅時代末期、駕雲楼と雨華楼をつくった崔致遠の号である孤雲にちなみ、孤雲寺に改名した。高麗時代の930年(太祖13年)、雲住禅師が重修した。 李氏朝鮮の時代、太宗による1407年(太宗7年)の仏教弾圧の際、存続を許された88寺院の中に孤雲寺の名前はなく、廃寺になったようである。 世宗による1424年(世宗6年)の仏教弾圧の際も、存続を許された36寺院の中に名前はなく、引き続き廃寺のままだったようである(朝鮮の仏教#李氏朝鮮時代の仏教弾圧)。 1668年(顕宗9年)、克成・勝黙・徳宗によって重修された。1803年(純祖3年)の火災のあと、翌年に住持文察が重創を行った。1835年(憲宗元年)の火災のあと、大雄殿や金堂を再建した。現在の建物は1835年に再建されたものである。 日本統治時代の1911年、寺刹令施行規則(7月8日付)によって、朝鮮三十本山に指定された(1924年以降は朝鮮三十一本山)。 2025年3月韓国山火事(英語版)にて焼失した[2][1]。なお、寺の有形文化遺産・石造如来坐像は別の場所に移動していたため無事だった[1]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 キム・ギュヒョン. “【韓国大規模山火事】「1300年の歴史」持つ孤雲寺全焼…仏像は白い布で包まれ運搬”. ハンギョレ新聞. 2025年3月26日閲覧。 ↑ “韓国の山火事拡大、千年の古刹焼失 世界遺産の村で住民避難”. www.afpbb.com (2025年3月26日). 2025年3月26日閲覧。 外部リンク 慶尚北道めぐり(日本語) この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 Related Articles