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安徳村

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廃止日 1956年4月1日
廃止理由 新設合併
南畑村、安徳村、岩戸村 → 那珂川町
現在の自治体 那珂川市
国 日本の旗 日本
あんとくむら
安徳村
現代の安徳地域を流れる裂田の溝(2012年)
現代の安徳地域を流れる裂田の溝(2012年)
廃止日 1956年4月1日
廃止理由 新設合併
南畑村、安徳村、岩戸村 → 那珂川町
現在の自治体 那珂川市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
郡 筑紫郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 2,555人
(『角川日本地名大辞典 40 福岡県』134頁、1950年)
隣接自治体 春日町、大野町、筑紫野町、南畑村、岩戸村、福岡市
安徳村役場
所在地 福岡県筑紫郡安徳村大字松木[1]
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安徳村(あんとくむら)は、福岡県筑紫郡にあった村。現在の那珂川市の一部。

矢岳の北西麓、那珂川の中流域に位置していた[2]。

歴史

沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、那珂郡上梶原村、下梶原村、安徳村、東隈村、仲村、五郎丸村、今光村、松木村、中原村が合併して村制施行し、安徳村が発足[2][3]。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により筑紫郡に所属[2][4]。
  • 1909年(明治42年)- 那珂川が氾濫し今光橋流失[2]。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 筑紫郡南畑村、岩戸村と合併し那珂川町を新設して廃止された[2][3]。
  • 2018年(平成30年)10月 - 那珂川町が市制施行により那珂川市となる[5]。

地名の由来

安徳天皇の行宮が存在していたことによる[2]。

産業

主要産業は米、野菜、ミカンなどの農業[2]。

名所・旧跡

交通

鉄道

村内は一切通過していなかった。JR博多南線の博多南駅(敷地の一部が旧村域にまたがる)、九州新幹線は、当村廃止時点では未開通。

出身者

脚注

参考文献

関連項目

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