安田祥子

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出生名 安田 祥子
別名 澤田 祥子(本名)[1]
生誕 (1941-09-09) 1941年9月9日(84歳)[2]
安田 祥子
16,7歳の頃のプロフィール『現代童謡全集 ラジオ・テレビ・レコード 第四』(1957年、全音楽譜出版社)より
基本情報
出生名 安田 祥子
別名 澤田 祥子(本名)[1]
生誕 (1941-09-09) 1941年9月9日(84歳)[2]
出身地 神奈川県川崎市
学歴 東京芸術大学音楽学部卒業
東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了
ジャンル クラシック音楽(ソプラノ)、童謡
職業 歌手声楽家ボイストレーナー
配偶者 澤田久雄(1969年 - 2001年 死別)
著名な家族
事務所 安田音楽事務所
公式サイト 由紀さおり・安田祥子公式サイト

安田 祥子(やすだ さちこ、1941年9月9日[3][2] - )は、日本の声楽家童謡歌手ソプラノ歌手である。神奈川県川崎市生まれ。血液型はO型。夫は元在日オーストリア通商代表部理事の澤田久雄[4]。妹は歌手・タレント由紀さおり[5]。本名は澤田 祥子[1]

神奈川県川崎市元住吉に生まれ、太平洋戦争中は一家で群馬県桐生市疎開し、同地で妹・章子(のちの由紀さおり)が生まれた[3]

小学生時代にひばり児童合唱団に所属[3][6]。その後コロムビアに所属、童謡歌手として活躍した。東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業し、1967年に同大学院修士課程修了[3]。また、ニューヨークのジュリアード音楽院[3]ロチェスターイーストマン音楽院で音楽を学ぶ。

東京芸術大学講師を18年務めたが、コンサート活動に専念のため勇退した。ボイストレーナーとしても活動。

1987年文化庁の芸術家特別在外研修員として、ヨーロッパ、アメリカに派遣される。現在は、(財)日本フォスター・プラン協会(プラン・ジャパン)の評議員として、発展途上国の子供たちの支援にも力を入れている。一人娘は、ニューヨークの国連本部、国連人道問題調整部(OCHA)に所属し、世界中で起きている大きな災害の救援活動に奔走している。

1982年に妹・由紀さおりのコンサートに参加したことで、姉妹での活動が始まり、1986年に姉妹でスタートさせた童謡コンサートは国内、海外での公演を続け、2006年11月8日、姉妹としての2,000回達成記念コンサートを開催。2007年5月、21周年のコンサートツアーをスタートさせた。姉妹での音楽活動は後に、岩崎宏美良美姉妹などに影響を与えた。

清水アキラものまねされている。本人は怒るどころか感激しており、「大変嬉しい。物真似されて光栄に思います。」とのコメントを残している。妹・由紀さおりのものまねをする清水ミチコを見て「本物の妹(由紀)としか思えなかった」と述べている。

2015年に「NPO法人音楽で日本の笑顔を」顧問に就任し、合唱を介した地域住民の交流に力を入れている。2017年より音楽プロデューサー岡田秀春と指揮者坂本和彦等と、被災地支援コンサート「音楽の旅アラカルト」を東京で行っている。2018年には宮城県南三陸町で無料コンサートを行った。

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1989年(平成元年)/第40回[注 1]赤とんぼ〜どこかに帰ろう15/20チョー・ヨンピル
1993年(平成5年)/第44回2[注 2]月の沙漠07/26南こうせつ
1994年(平成6年)/第45回3赤とんぼ〜どこかに帰ろう(2回目)21/25森進一
1995年(平成7年)/第46回4故郷20/25前川清
1996年(平成8年)/第47回5この道19/25小林旭
1997年(平成9年)/第48回6トルコ行進曲18/25さだまさし
1998年(平成10年)/第49回7ゴンドラの唄19/25さだまさし(2)黒澤明監督追悼
1999年(平成11年)/第50回8故郷(2回目)24/27森進一(2)
2000年(平成12年)/第51回9赤とんぼ〜どこかに帰ろう(3回目)24/28錦織健
2001年(平成13年)/第52回10花〜すべての人の心に花を〜21/27CHEMISTRY

出演

脚注

外部リンク

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