宝達山
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能登半島の最高峰である[1]。名称は江戸時代に金山が存在したことに由来するとされる。宝達山水源の森は、水源の森百選に選ばれている。
山頂公園には1993年に旧押水町が休養施設の山の龍宮城(一部二階建てログハウス)を設置して喫茶店が営業されていた[2]。老朽化による改良工事中の2019年に地盤の陥没が発見されたため山の龍宮城は閉鎖され解体され新施設が建設されることになった[2]。2021年9月から山頂駐車場で土日祝日にキッチンカーでのコーヒー移動販売が行われている(新施設完成までの予定)[3]。
宝達志水町は新しい山頂公園の休憩施設を旧・山の龍宮城の近くに移転新築する計画であるが無人の施設となる予定であった[2][3]。2024年4月23日にリニューアルオープンした[4]。
自然
地質
資源
宝達山北部では自然金や黄鉄鉱、蛍石を産出しまた鉱業がなされた。これらの資源はいずれも宝達山花崗岩類を母岩としている。また山麓の宝達地区には石灰鉱があった。
山麓の金山は1903年(明治36年)の『加賀藩貨幣録』によると、1584年(天正12年)に開山し、坑道12箇所の崩落により閉山した1628年(寛永5年)まで採掘された[1]。
金の採掘が衰えたため、鉱夫は加能越三国(加賀国、能登国、越中国)の堤防や用水路の工事に従事するようになり、ほとんどが宝達村民だったことから宝達(宝達者)と呼ばれるようになった[1]。宝達者は辰巳用水(金沢市)の掘削や宝達川の堤防工事などに加わったといわれるが資料が少なく詳しいことはわかっていない[1]。
応用地質
- 石灰岩
宝達地区の北谷にある飛騨帯の晶質石灰岩を露天掘りで採取していた。明治の始めごろから鉱業が為されており昭和6年頃の隆盛期には年10,000-20,000tの石灰が生産されていた。また昭和26年にも月1000t近い石灰生産記録がある[5]。
- 蛍石
宝達山北麓に分布する宝達山花崗岩が母岩となっており、淡緑色・正八面体・弱蛍光などの特徴を持つ。 第二次世界大戦中に10t、昭和20年に東北銅鉱製錬株式会社によって70t産出された記録がある[5]。
- 硫化鉄
宝達地区の北谷、飛騨変成岩帯の石灰岩の中から発見された鉱脈で宝達鉱山の名で昭和20〜25年に鉱業されていた。鉱脈は幅60cm、延長10m [5]。
- 石灰質砂岩
山崎地区にて肥料用などの用途で採掘されていた[5]。
宝達葛
紋平柿
紋平柿は河原、東間、宝達など宝達山麓に自生する渋柿で、江戸時代に屋号紋平さの野村家がその美味しさから各地区に広めたと伝えられている。現在は宝達志水町やかほく市などで栽培され特産品の一つとなっている[6]
