宮下典明
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新田高時代は、3年次の1990年に春のセンバツに4番・一塁手として出場。この大会での新田高校はミラクル新田と呼ばれ、その立役者となった。長身を生かした豪快なバッティングでチーム準優勝に貢献。2回戦の日大藤沢高戦で9回裏逆転サヨナラホームランを放ち[1]、準決勝の北陽高戦では寺前正雄から同点ホームランを放つ。夏は県大会準決勝で沖原佳典を擁する西条高戦で本塁打を放つが決勝は松山商に延長11回の末に敗れた。高校時代は、名将・一色俊作監督から指導を受けた[1]。
1990年のプロ野球ドラフト会議で近鉄バファローズから6位指名を受けて入団[1]。センバツで対戦した寺前が1位指名を受け入団したため、チームメイトとなる。
1年目の1991年から一軍昇格するも出場はなく、その後は怪我の影響もあり一軍出場のないまま1995年に現役を引退した[1]。