宮古市立高浜小学校

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過去の名称 高浜簡易小学校
高浜尋常小学校
磯鶏尋常小学校高浜分教場
高浜尋常小学校
高浜国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 宮古市
併合学校 金浜学校
高浜学校
宮古市立高浜小学校
北緯39度35分56.69秒 東経141度56分38.00秒 / 北緯39.5990806度 東経141.9438889度 / 39.5990806; 141.9438889座標: 北緯39度35分56.69秒 東経141度56分38.00秒 / 北緯39.5990806度 東経141.9438889度 / 39.5990806; 141.9438889
過去の名称 高浜簡易小学校
高浜尋常小学校
磯鶏尋常小学校高浜分教場
高浜尋常小学校
高浜国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 宮古市
併合学校 金浜学校
高浜学校
設立年月日 1886年6月29日
閉校年月日 2026年3月31日
共学・別学 男女共学
本校 磯鶏尋常小学校(1935年独立)
1908年 - 1935年
学期 3学期制
学校コード B103220200059 ウィキデータを編集
校舎面積 1,885 m2
所在地 027-0032
岩手県宮古市高浜四丁目7番22号
外部リンク 公式サイト (Wayback Machine)
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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宮古市立高浜小学校(みやこしりつ たかはましょうがっこう)は、岩手県宮古市高浜四丁目にあった公立小学校。通称は高小(たかしょう)。

2026年令和8年)3月をもって閉校した[1]。児童数の減少に伴い2017年度(平成29年度)から複式学級編制が生じ、その解消が見込めないことから、2023年(令和5年)3月策定の「宮古市立小・中学校適正配置実施計画」で統廃合の対象となった[2][3]。以降保護者や地域住民との協議を重ね、2025年度(令和7年度)をもって閉校し磯鶏(そけい)小学校へ統合することを2025年1月までに決定し、同年3月に宮古市議会で可決された[4][5]。2025年度(令和7年度)の児童数は37人で、1・2学年および3・4学年で複式学級を編制していた[6]。記録が残る1960年度(昭和35年度)以降の卒業生数は1,869人[1]

  • 1876年明治9年)6月29日 - 第八大区第二中学区第十八区金浜学校として創立[7]。江山寺を仮校舎にあてる[8]
  • 1880年(明治13年)3月13日 - 金浜学校より分離し高浜学校が開校[7]
  • 1886年(明治19年)11月5日 - 金浜・高浜学校を合併し高浜簡易小学校として開校[7]
  • 1892年(明治25年)4月1日 - 高浜尋常小学校に改称[7]
  • 1908年(明治41年)4月10日 - 磯鶏尋常小学校高浜分教場へ移行[7]
  • 1909年(明治42年)12月20日 - 津軽石字馬越に校舎を設け移転[9][10]
  • 1910年(明治43年)4月18日 - 高浜第4地割22番地に校舎を設け移転[7]
  • 1929年昭和4年) - 新校舎を落成[11]
  • 1935年(昭和10年)4月1日 - 磯鶏尋常小学校から独立[12]
  • 1936年(昭和11年)3月31日 - 高浜尋常小学校に改称[7]
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行により高浜国民学校に改称[7]
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 高等科を併置[7]
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革により宮古市立高浜小学校に改称[7]
  • 1953年(昭和28年)8月 - 校章を制定[7]
  • 1954年(昭和29年)7月19日 - 校歌を制定[7]
  • 1960年(昭和35年)5月24日 - チリ地震津波で校舎が全壊[13]
  • 1961年(昭和36年)7月1日 - 高浜第6地割下地の神47番の6(現在地)に新校舎を設け移転[7]。校舎建設には国庫補助金641万円も使われた[14]
  • 1964年(昭和39年)2月2日 - 給食調理室を設置[7]
  • 1973年(昭和48年)8月10日 - 自然愛護少年団を結成[15]
  • 1974年(昭和49年)12月3日 - 第六回県花と緑のコンクールにて最優秀校として表彰される[16]
  • 1980年(昭和55年)4月1日 - 特別教室棟を落成。給食調理室を増築[7]
  • 1993年平成5年) - 校舎を改築[17]
  • 1993年度(平成5年度) - 屋内体育館を落成[18]
  • 1994年(平成6年)5月21日 - 新校舎落成式典を開催[7]
  • 1995年(平成7年)1月8日 - 屋外水泳プールを落成[7][18]
  • 2003年(平成15年)9月19日 - 第1回全日本小学校ホームページ大賞にて県優秀校に選出される[19]
  • 2011年(平成23年)3月11日 - 東北地方太平洋沖地震による津波校庭まで押し寄せるなど甚大な被害を受ける[20]
  • 2016年(平成28年)1月 - 教材などをしまう収納室から、昭和初期の製造と見られる手回し式のポータブル蓄音機が見つかる[21]
  • 2023年令和5年)3月 - 宮古市教育委員会が「宮古市立小・中学校適正配置実施計画」を策定し、統廃合の対象となる[3]
  • 2025年(令和7年)
    • 3月 - 宮古市議会3月定例会議で廃止が可決[5]
    • 12月 - 自然愛護少年団が国土緑化推進機構主催「全国緑の少年団表彰」で優良賞として表彰される[22][23]
  • 2026年(令和8年)
    • 3月20日 - 閉校式を開催[1]
    • 3月31日 - 宮古市立磯鶏小学校への統合に伴い閉校[24][1]

東日本大震災による影響

2011年平成23年)3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震では、津波により高さ十数メートルの高台にある校舎への直接の被害はなかったものの、運動場は1.5メートル浸水し、運動場を囲むフェンスはなぎ倒された[25][26]。また校地への土砂流入も見られた[26]。被害額は445万円[26]。児童は全員無事だったが、4割が被災した[25]

施設

主な施設。

  • 校舎
    • 1-3棟(特別教室棟) - 1980年竣工の鉄筋コンクリート造3階建てで、面積は741平方メートル[7][18]
    • 5棟 - 1993年竣工の鉄筋コンクリート造3階建てで、面積は1,123平方メートル[7][18]
    • 1-4棟 - 1993年竣工の鉄筋コンクリート造3階建てで、面積は21平方メートル[7][18]
  • 屋内体育館 - 1993年度竣工の鉄筋コンクリート造平屋建てで、面積は825平方メートル[18]
  • 屋外水泳プール - 1995年竣工の鉄骨造で、面積は400平方メートル[7][18]
  • 校庭

通学区域・進学先中学校

宮古湾湾奥の高浜地区と金浜地区を対象としていた[27]

  • 高浜一丁目、二丁目、三丁目、四丁目
  • 金浜

卒業後は宮古市立河南中学校が進学先に指定されていた[27]

アクセス

  • 岩手県北バス「高浜小学校下」停留所より、
    • 宮古駅前行・宮古駅前経由宮園団地行のりばから徒歩3分。
    • 重茂車庫経由里行・荷竹公民館行・船越駅前経由田の浜行・急行船越駅前行のりばから徒歩2分。

周辺

  • 宮古市金浜老人福祉センター
  • 宮古市身体障害者福祉センター
  • 国道45号
  • 宮古湾

著名な出身者

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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