宮浜温泉
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温泉街
歴史
戦前から戦後間も無くまで、同地には結核療養所、保養地として「大野陸軍病院」が存在した。昭和20年8月6日の原爆投下後には数多くの負傷者が収容された。 それに追い討ちをかける形で、昭和20年9月の枕崎台風によって起こった大規模土石流に巻き込まれて甚大な被害を受け、収容患者及びに医師、職員150名以上が犠牲となった。その後は手付かずのまま放置された[2]。
当時の大野町長・上野貞一氏のもと、1959年(昭和34年)ころから計画が立てられ、1964年(昭和39年)開湯。宮島を望む浜辺にあることから「宮浜」と名付けられた。以後は宮島観光の拠点、または広島の奥座敷として発展。最盛期は10件以上の旅館やリゾート施設、ボーリング場等が軒を連ねたが、2000年頃は宮浜シーサイドホテル、国民宿舎宮浜グリーンロッジが閉鎖し、営業する旅館も4件程度と凋落傾向にあったが、近年は2005年に入浴施設「べにまんさくの湯」の開設、宿泊施設も増加傾向にあり、経営は持ち直している。
