富岡惟中
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東京府・富岡保の二男[3][6][9]。医学博士・富岡有象の弟[9]。1909年、東京府立第四中学校を卒業[10]。1912年、第一高等学校を卒業[11]。1915年、東京帝国大学工科大学応用化学科を卒業[2][6][9][12]。東京瓦斯技師に就任[6]。
1918年、臨時産業調査局技師兼農務局技師に転じ、1922年、欧米各国に留学を命ぜられる[6]。1925年、商工技師に任じ、東北帝国大学工学部、東京工業大学及び東京工業試験所等に勤務する[6]。
1930年、工学博士の学位を授与される[4][6][9]。染料製造奨励に関する事務に従事する[13]。1933年、官を辞し三菱鉱業に入り参事となる[6]。また日本化成工業技師長をつとめる[6]。