富島神社
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位置
北緯34度42分48.3秒 東経135度29分43.5秒 / 北緯34.713417度 東経135.495417度座標: 北緯34度42分48.3秒 東経135度29分43.5秒 / 北緯34.713417度 東経135.495417度
主祭神
速素盞嗚尊
社格等
旧村社
神饌幣帛料供進社
神饌幣帛料供進社
| 富島神社 | |
|---|---|
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鳥居 | |
| 所在地 | 大阪府大阪市北区中津2丁目5-10 |
| 位置 | 北緯34度42分48.3秒 東経135度29分43.5秒 / 北緯34.713417度 東経135.495417度座標: 北緯34度42分48.3秒 東経135度29分43.5秒 / 北緯34.713417度 東経135.495417度 |
| 主祭神 | 速素盞嗚尊 |
| 社格等 |
旧村社 神饌幣帛料供進社 |
| 創建 | 不明 |
| 例祭 | 10月17日 |
創建年は不詳。はじめは祇園牛頭天王社と称し、1594年(文禄3年)の片桐且元検地にも除地とある。
1872年(明治5年)に村社に列され、1907年(明治40年)には神饌幣帛料供進社に指定される。また同年に南浜の春日神社、宮本の天満宮を合祀し、1909年(明治42年)には十三の鷺島神社、塚本の八坂神社を合祀。鷺島神社は淀川改修のため成小路の村社兵衛府神社を1901年(明治34年)に合祀したものである。
1910年(明治43年)、難波八十島の利島に因る旧社名利島神社が、宇地の外島と混同するので今の社名に改称した[1]。
195年(昭和20年)の大阪大空襲で焼失し、1955年(昭和30年)に再建。1964年(昭和39年)に塚本の八坂神社を分離して、塚本神社となる。