寒山詩
唐の隠者寒山の詩集
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版本
代表的な版本が4種ある。
- 宮内庁書陵部本
- 1189年に国清寺の志南が『寒山子詩集』を刊行したが、現存しない。1229年に無隠が重刻し、その後無我慧身が1首を加えて補刻したもの。宮内庁が所蔵する。正確な補刻年は不明。「国清寺系」の現存最古の刊本。
- 建徳周氏本または四部叢刊本
- 中国の古典の復刻企画である「四部叢刊」で1924年に出版されたもの。これは日本でも50冊以上の所在が知られている。元本である建徳周氏所蔵本は、南宋初年杭州刻本とされる[1]。現中国国家図書館蔵。
- 五山本または正中本
- 1325年(正中2年)に日本で復刻されたもの。収録詩の順序は、建徳周氏本を修正し、寒山詩を五言詩の部と七言詩の部に分けた。寒山・豊干・拾得三者の詩を収録したものを唯一大谷大学が所蔵する。
- 1325年刊の『寒山詩』は、仏典以外(外典)では最古の和刻本である[2]。
- 四部叢刊初印本または朝鮮本
- 「四部叢刊」の初印版の元本。1296年に中国で版刻されたものが、1529年に朝鮮で復刻された。収録詩とその順序は五山本とほとんど同じ。
その他の版本
- 江東漕院本
- 五山本(大谷大学蔵)の行果の序文によれば、1255年に江東漕院から出版された。現存しない。
- 天台三聖詩集
- 志南の国清寺本を1416年に重刻したもの。
- 全唐詩
- 全唐詩の806巻に寒山311首、807巻に拾得54首と豊干2首の詩が収録されている。ほぼ建徳周氏本に準じる。寒山の詩が建徳周氏本より少ないのは、2首を前の詩とまとめて1首ずつにしているため。
構成
閭丘胤作「寒山子詩集序」、300余の寒山詩、2首の豊干詩、50前後の拾得詩からなる。
収録詩数
廣山秀則の論文[3]により3つの版本を対比した。
朝鮮本に採用された詩とその配列は五山本とほぼ同じである。
寒山の詩だけの首数
いろいろな数え方がある。
| 303首 | 『全唐詩』にあげられた代表的な数。「寒山詩三百三首」は成句化している。建徳周氏本313首から三言詩6と拾遺詩2を除くと、五言・七言の古詩305首が残る。そのうち2首をあわせて1首にしたものが2つあるので303。 |
| 307首 | 『天台三聖詩集』による。これは国清寺本系で、計306首とした入谷・松村[4]、久須本[5]の編集に近い。これらの185と186の間に1首を追加。 |
| 311首 | 『全唐詩』は303首+三言詩6首+拾遺詩2首と数える。『寒山詩闡提記聞』は五言285首+七言20首+三言6首と数える。 |
| 312首 | 『全唐詩』の303首+三言詩6首+拾遺詩2首にもう1首を加える。 |
| 313首 | 建徳周氏本の数。 |
| 319首 | 『寒山禅師詩集』による。建徳周氏本313首に「佚詩」6首を追加。 |
近年の注解書
収録詩の例
訳文は入矢訳[6]、入谷・松村訳、久須本訳の混在。
寒山詩
5 五言四句
吾心似秋月,碧潭清皎潔。無物堪比倫,教我如何説。
- わが心は秋の月に似ている。青い淵に清く輝く。
- 比べるものがない。どうやって説明しようか。
272 五言八句
寒巖深更好,無人行此道。白雲高岫閑,青嶂孤猿嘯。
我更何所親,暢志自宜老。形容寒暑遷,心珠甚可保。
- 寒厳は山深くよいところ この道を通る人はない。
- 白い雲は高峰にのどかに 青い嶺には猿が一匹鳴く。
- これ以上、何に親しもうか。心を満たして老いればよい。
- 容貌は時とともに変わっても 心はいつまでも保つことができる。
185 七言四句
千生萬死凡幾生,生死來去轉迷情。不識心中無價寶,猶似盲驢信脚行。
- 生死をくり返しいつ終わるのだろう。生まれ死に、来て去り、人の心を迷わす。
- 心の中の価もつけられない宝を知らないのは 盲の驢馬が勝手に歩くようなもの。
304 三言四句
寒山子,長如是。獨自居,不生死。
- 寒山子は、いつまでもこのようです。独り居り、生きもせず死にもせず。
豊干詩
2 五言四句
本來無一物,亦無塵可拂。若能了達此,不用坐兀兀。
- 本来何一つない。払うべき塵もない。
- もしこの道理を悟れば 座禅を組んでいるまでもない。
拾得詩
15 五言四句
嗟見世間人,永劫在迷津。不省這個意,修行徒苦辛。
- ああ世間の人を見ると 永遠に迷いの渡し場にいる。
- この意味を見ずに 修行していたずらに苦辛している。