寺嶋寛大
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プロ入り前
清和小学校1年生の時に「大塚スネイクス」で野球を始めた。4年生時に捕手になり、6年生時には高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会に出場した。巣鴨北中学校では「中野シニア」に所属していた。興誠高校では1年生時の秋に一塁手のレギュラーに、2年生時の秋には正捕手になった。高校通算では26本塁打を放った[1]。甲子園出場経験は無い[2]。
創価大学では1年生時の秋に正捕手になり、4年生時には主将を務めた[1]。大学の2学年先輩に小川泰弘がおり、1年生の時からバッテリーを組み、精神面や配球面などでアドバイスを受けていた[1][3]。3年生時の東京新大学野球リーグ・秋季リーグで首位打者(打率.432)とベストナイン(捕手)、4年生時の春季リーグで最高殊勲選手、最多打点(14打点)、ベストナイン、秋季リーグではベストナインをそれぞれ受賞した[4]。また、1年生時の秋季から4年生時の秋季までチームは7季連続でリーグ首位になり[5]、2014年6月に行われた第63回全日本大学野球選手権大会ではベスト4入りした。寺嶋自身は全4試合で4番・捕手で先発出場し、計14打数2安打1打点だった[6]。
2014年10月23日に行われたプロ野球ドラフト会議で千葉ロッテマリーンズに4巡目で指名され[7]、契約金4000万円、年俸1000万円(金額は推定)で合意し[8]、入団した[9]。
11月に行われた第45回明治神宮野球大会では全3試合で4番・捕手で先発出場し、計11打数4安打だった。チームは準決勝で敗退[10]。
プロ入り後
入団以来1試合も一軍での公式戦出場記録がないまま、2017年10月3日に球団から戦力外通告を受けた[11]。
アマチュア野球
2018年より、東京都足立区に本拠地を置くクラブチームのREVENGE99で2020年までプレーを続けた。また、アマチュアでのプレーと並行して、個人で保険代理店業を営んでいる[12]。
指導者として
2025年1〜2月、アレックス・ラミレスが結成した特別編成チーム "ジャパンブリーズ" のコーチ補佐に就任してメキシコ遠征に帯同し、カリブ海沿岸諸国のウィンターリーグ王者が集う国際大会・第67回カリビアンシリーズで指導にあたった[13]。
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別打撃成績
- 一軍公式戦出場なし
背番号
- 35(2015年 - 2017年)