寺本四郎

日本の元プロ野球選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

寺本 四郎(てらもと しろう、1980年7月25日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手外野手)。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-07-25) 1980年7月25日(45歳)
身長
体重
175 cm
77 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
寺本 四郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県徳島市
生年月日 (1980-07-25) 1980年7月25日(45歳)
身長
体重
175 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手投手
プロ入り 1998年 ドラフト4位
初出場 1999年5月5日
最終出場 2006年8月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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来歴・人物

プロ入り前

明徳義塾高校時代は、高知商業高校藤川球児高知高校土居龍太郎と並んで高知三羽烏と称された。

2年生時に春の選抜大会に出場。控えの投手には同期生でサイドスローの右腕だった高橋一正がいた。ちなみに、プロレスラー関本大介も野球部の同期である。

3年生時に選抜大会に2年連続で出場。準々決勝のPL学園戦で延長10回にサヨナラ負け。同年夏の選手権大会にも出場、松坂大輔を擁する横浜高校と準決勝で対戦。8回表まで6点の大差をつけ勝利濃厚となりながらも、9回裏にまさかの逆転サヨナラで敗退となった(明徳義塾対横浜)。同年11月のプロ野球ドラフト会議千葉ロッテマリーンズに4位指名され、本人の強い希望から投手として入団。背番号は61

プロ入り後

1999年、3試合に登板。制球難からサイドスローに転向もしたが結果は出ず2002年にパンチ力のある打撃を活かすため、外野手転向。2006年10月4日、球団に引退の意向を伝え、任意引退。

引退後

故郷・徳島市でスポーツバー「ZERO」を経営していた。2009年に上京して競馬関連会社を起業[1]。また、一時期は高知県のミタニ建設工業の軟式野球部に所属していた[2]

2020年現在は実家の水産業に携わっている[3]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
1999 ロッテ 30000000------183.040401110226.002.67
2000 50000000------376.2100700500822.702.55
2001 120000000------265.241600500446.351.76
通算:3年 200000000------8115.1181170111101484.702.28
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年度別打撃成績

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O
P
S
1999 ロッテ 3000000000000000000----------------
2000 5000000000000000000----------------
2001 12000000000000000000----------------
2002 1110000000000000010.000.000.000.000
2003 2331100010000000020.333.333.333.666
2006 2660000000000000011.000.000.000.000
通算:6年 2510101100010000000041.100.100.100.200
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記録

投手記録
打撃記録
  • 初安打:2003年9月5日、対日本ハムファイターズ20回戦(千葉マリンスタジアム)、7回裏に野村貴仁から左前安打
  • 初先発出場:2006年8月5日、対福岡ソフトバンクホークス15回戦(千葉マリンスタジアム)、8番・指名打者で先発出場

背番号

  • 61(1999年 - 2006年)

脚注

関連項目

外部リンク

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