寺西秀人
From Wikipedia, the free encyclopedia
金沢高では2年秋、3年春夏の県大会準優勝、2年秋の北信越大会は準々決勝で惜敗。京都産業大学へ進学し、関西六大学リーグに加盟する硬式野球部に入部する。大学在籍時は、リーグ通算48試合登板、24勝12敗、防御率1.43、238奪三振。最優秀選手(1986年秋)と最優秀投手(1985年秋)をそれぞれ1度ずつ受賞した。
大学卒業後は、社会人野球のNTT北陸に入団し、1990年には都市対抗野球に出場するも初戦で敗退した。
1990年のプロ野球ドラフト会議において、中日ドラゴンズから6位で指名を受け入団。
プロ1年目の1991年から一軍初登板を果たしたが、目立った活躍ができないまま1994年限りで現役を引退した。
引退後は中日ドラゴンズの球団職員となり、2012年には新設された「ファンサービス部」の初代部長に就任。その後は運営部長などを歴任し、2022年1月1日付で球団代表補佐兼運営部長に就任した[1]。