尊性入道親王
江戸時代前期の法親王。後陽成天皇の五男。二品。東寺長者(東寺一長者)。大覚寺。法務
From Wikipedia, the free encyclopedia
来歴
慶長12年(1607年)3月に将来の出家を前提に大覚寺に入る。慶長18年(1613年)3月に後水尾天皇から親王宣下を蒙り毎敦親王(としあつ しんのう)を名乗る。翌年12月に空性入道親王を戒師として得度し、法名を尊性とした。元和7年(1621年)二品に叙品。寛永12年(1635年)には東寺長者(法務)となっている。
和歌や立花を愛好した。また各地を旅し、寛永2年(1625年)には江戸に下り、同6年(1629年)には高野山に登り、同15年(1638年)には四国八十八箇所を巡礼している。
慶安4年(1651年)に中風で薨去、享年50。仏母心寺宮(ぶつぼしんじのみや)の号を贈られる。墓所は大覚寺の北側にある大覚寺宮墓地にある。