小出肇
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「社内ディレクター作品集[7]」
大阪市立桑津小学校、大阪市立東住吉中学校、大和川高校を卒業。同区の町内会に横山ホットブラザーズ、谷村新司などがいた。
1977年、近畿大学法学部卒業後、映像制作プロダクション「ハイスピリット」入社[1]。
当時、35ミリフィルム撮影で、翌夕に出来上がった35ミリ・プリントで仮編集、広告会社試写をへて、音楽制作、Naどり、タイトルは、手書きセルをアニメ撮影台にて撮影、東洋現像所のオプチカル作業にて、タイトル入りのネガ作成。
ネガ編集の翌日の「0号試写」を現像所とスタッフとで修正後「初号」完成。 広告会社のフィルム試写室にて 「クライアント試写」 (初号試写) テレビ局への持込は、16ミリプリントで、デジタル化は各放送局にて行われる、その為、色彩・輝度に、ばらつきが発生した。
- 丸大ハム「わんぱくでもいい たくましく育ってほしい」シリーズ[2]
- 大阪ガス
- サンスター
- P&G「モノゲンユニ」「ミューズ石鹸」
- 三輪山本(撮影・宮川一夫/照明・佐野武治)
- ロート製薬「新パンシロン」「入歯洗浄ピカ」
など の制作進行(助監督とプロデューサー助手兼任)その後、社内ディレクターに。
- 長龍「なるほど よい酒」「夫婦の器」(撮影・宮川一夫 照明・佐野武治・歌/加藤登紀子)、
- NTT西日本「記念日コール」年間シリーズ(撮影・谷塚敏夫 照明・川口明)、
- おにぎりQ「ラッシャー板前」「プッチンQ」(撮影・谷塚敏夫 照明・川口明)、
- パナホーム「鉛筆削り」(撮影・福田修)
- 松下電工「間取り図できたら」(撮影・福田修)
など、CM・PV 125本などを手がける。1989年、フリーランスとなる。以降、監督作品はCM・PVを約1400本手がける。 撮影は、まだ35ミリフィルムだが、オプチカル作業の費用・時間の効率化の為、編集はテープ編集(リニア編集)[8]とデジタル・エフェクトを使用する機会も出てくる。
フリーディレクター作品」CM
- 大阪ガス
- JR西日本1989年-1996年までシリーズ監督 「九州交響旅」(石坂浩二)「卒業旅行92[11]」(歌/心の旅・チューリップ)「夏族旅行92-94/女流紀行[12]92-95」「夏族旅行[13]」(石坂浩二・高嶋政宏)「息子よ1」「息子よ2」(歌/南こうせつ)(撮影・広川泰士)
- 小林製薬1996年-2003年までシリーズ監督 「熱さまシート[14][15][16]」「キズドライ[17][18]」「キズアワワ[19]」「アイボン[20][21][22][23]」「新キズドライ」(原日出子)「熱さまシート」(村田雄浩)小林製薬「電気の消臭元」(市原悦子)
- ナショナル・パナソニックの店「わたしの街の電器屋さん」
- ECC外語学院「はじまるよ」(工藤夕貴)
- 大同生命「希生ザイラー・17才,18才,19才」
- シャディ「サラダ館」「ビフラン」(大桃美代子)
- 洋服の青山「モットー/プロも/お正月/新社会人」(三浦友和)
- ヒガシマル「ちょっとぞうすい」(内田勘太郎)
- OSG リズムタッチ(アントニオ猪木・藤波辰巳)
- デオデオ「♪デオデオへいこう」(ケント・デリカット)
- サントリー「アガリクスは仙生露 空港編」(萩原健一)(撮影・稲垣涌三 照明・佐野武治)
- コンバース「ドーベルマン」編(撮影・十文字美信 照明・佐野武治)
- MIZUNO FAST-SKIN「北島始動」(北島康介)(撮影・大西和司 照明・佐野武治)「寺川 綾・伊藤華英編」
- アート引越センター「シニアパック編」「山田花子編」「花紀京編」(撮影・平野力 照明・佐野武治)
- ジーベック「角田信朗ジーベックを着る」(角田信朗)
- AC「妖怪たちが泣いている」(水木しげる) 監督作品はCM・PVを約1400本手がける。
実験映像・映画
- 2000年 双方向データ放送/実験 映像総監督(電通本社ビルにて公開)
- 2000年 インターネット博覧会 NTT西日本 映像総監督
- 2013年 文化映画「住吉に住んだ文化人たち」監督(製作・大阪市住吉区)
大学活動

高校特別授業 「済美高校」「玉島商業高校」「土佐塾中学校・高等学校」「愛媛県立内子高等学校」「那覇造形美術学院」「真和志高校」など
特別集中講義プロデュース 「大林宣彦監督」「稲垣 涌三カメラマン[24]」「佐野武治 照明技師」「関口照生カメラマン[25]」「白組」
映画インターンシップ 学生派遣プロデュース 「男たちの大和」「この空の花 長岡花火物語」「野のなななのか」「花筐/HANAGATAMI」「小さいおうち」「母と暮せば」「家族はつらいよ」
審査歴
- 1997年 ACC賞グループ部門審査員
- 2002年 OCC・大阪コピーライターズ・クラブ賞審査員