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小山ゴルフクラブ

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所在地 日本の旗 日本
栃木県小山市大字喜沢1140番地
開業 1960年(昭和35年)11月3日
運営 メンバーシップコース
小山ゴルフクラブ
Oyama Golf Club
小山ゴルフクラブ
小山ゴルフクラブの空中写真。
2008年6月10日撮影。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
栃木県小山市大字喜沢1140番地
座標: 北緯36度20分31.73秒 東経139度48分54.61秒 / 北緯36.3421472度 東経139.8151694度 / 36.3421472; 139.8151694
概要
開業 1960年(昭和35年)11月3日
運営 メンバーシップコース
設計 間野 貞吉
運営者 株式会社 小山カントリー倶楽部
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4405 1 4367
2 5510 2 3138
3 3168 3 4396
4 4397 4 5501
5 4396 5 4381
6 4364 6 5570
7 4426 7 3163
8 3195 8 4406
9 5471 9 4385
計 363332 計 363307

その他
公式サイト 小山ゴルフクラブ
テンプレートを表示

小山ゴルフクラブ(おやまゴルフクラブ)は、 栃木県小山市にあるゴルフ場である。

1958年(昭和33年)、久保田鉄工株式会社の創業者・久保田権四郎の養子である久保田篤次郎が、栃木県小山市内の所有の農場33平方メートルと隣接の山林33万平方メートルを併せて、18ホールのゴルフ場を計画したことに始まる[1]。久保田所有の農地は、思い川河畔の台地一帯は、明治時代は官林の一部で、明治後期に官林は須永元が入手し須永農場となった[1]。1944年(昭和19年)、須永農場は久保田農場となった[1]。

コース設計を株式会社大林組の間野貞吉に依頼したが、プロゴルファーの安田幸吉と久保田篤次郎の意見も盛り込まれた[1]。保田幸吉は、中国から引き揚げ後、久保田農場で体を癒し、再起に備えたという[1]。浅見緑蔵も、復員直後久保田農場にいたという[1]。1960年(昭和35年)11月3日、コース造成工事が完成し、18ホール、パー72のゴルフ場が開場された[1]。

コースの造成工事は、久保田鉄工の耕作機と地元農民の人海戦術によって行われた[1]。芝張は横一列に並ぶ田植方式で進められた[1]。アウトコースは、旧久保田庭園を保存したままレイアウトされ、特に7番ホールは35本の桜並木は見事で「その桜吹雪の下でプレーしたい」と願ってプロになった金子良平は、人生の殆どを小山ゴルフクラブで過ごした[1]。

所在地

〒323-0014 栃木県小山市大字喜沢1140番地

コース情報

  • 開場日 - 1960年11月3日
  • 設計者 - 間野 貞吉
  • 面積 - 750,000m2(約22.6万坪)
  • コースタイプ - 林間コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,639ヤード、コースレート71.9
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 2グリーン、ベント、コウライ
  • ハザード - バンカー33、池が絡むホール2
  • ラウンドスタイル - 完全休業日 1月・2月・8月設定、毎週月曜日セルフ営業日
  • 練習場 - 10打席220ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日、12月31日、1月1日[2][3]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 1,721m2(520.6坪)
  • ハウス設計 - 高木 秀寛
  • ハウス施工 - 株式会社 大林組[2][3]

ギャラリー

交通アクセス

エピソード

  • 桜並木の桜も時とともに枯れる、硬いボールが当たると、桜は、涙のようにヤニを流して枯れる。金子良平は、桜にボールが当てたものは2ペナだと怒りの提案をした[1]。

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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