小島政章 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 天文8年(1539年)死没 天正19年(1591年)官位 出雲守 凡例小島 政章時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 天文8年(1539年)死没 天正19年(1591年)官位 出雲守幕府 室町幕府主君 一条兼定→長宗我部元親氏族 小島氏父母 父:小島政春子 政倶などテンプレートを表示 小島 政章(おじま まさあき)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。土佐一条氏、後に長宗我部氏の家臣。 小島氏は土佐国幡多郡小島の国人。 天文8年(1539年)、小島政春の子として誕生。 永禄12年(1569年)、一条兼定の命を受けて和井舎人佑の拠る和井城を落とし、同城をそのまま居城とした。天正2年(1574年)、兼定が為松若狭守らによって豊後国に追放されると、政章はこれに反発し、追放に加担した家臣らを討った。しかしその隙を突いて長宗我部元親が侵攻して来るとこれに降り、従った。天正15年(1587年)、家督を子・政倶に譲り隠居した。 天正19年(1591年)、死去。 Related Articles