小島醸造

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本社所在地 日本の旗 日本
484-0081
愛知県犬山市犬山東古券633
北緯35度22分58.59秒 東経136度56分25.16秒 / 北緯35.3829417度 東経136.9403222度 / 35.3829417; 136.9403222座標: 北緯35度22分58.59秒 東経136度56分25.16秒 / 北緯35.3829417度 東経136.9403222度 / 35.3829417; 136.9403222
設立 慶長2年(1597年)
合同会社小島醸造
種類 合同会社
本社所在地 日本の旗 日本
484-0081
愛知県犬山市犬山東古券633
北緯35度22分58.59秒 東経136度56分25.16秒 / 北緯35.3829417度 東経136.9403222度 / 35.3829417; 136.9403222座標: 北緯35度22分58.59秒 東経136度56分25.16秒 / 北緯35.3829417度 東経136.9403222度 / 35.3829417; 136.9403222
設立 慶長2年(1597年)
業種 食料品
法人番号 6180003022753
事業内容 清酒製造
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合同会社小島醸造(こじまじょうぞう)は、愛知県犬山市犬山東古券633にある酒造メーカー(酒蔵)。慶長2年(1597年)創業。屋号は和泉屋いずみや薬用酒である忍冬酒(にんどうしゅ、荵苳酒)の製造で知られる。2025年(令和7年)には小島家住宅を用いた古民家ホテル「宿 SHUKU」が開業した。

創業

忍冬酒の酒造桶(左)と瓶(右)
忍冬酒の看板

もともと小島家は犬山城下町の余坂に家を構えていた武士の家系である[1]。初代の小島彦介は文禄元年(1592年)に文禄・慶長の役(朝鮮出兵)に参加し、朝鮮半島から忍冬酒の製造法を知る杜氏を連れて帰った[1]

朝鮮では宮廷でも忍冬酒が飲まれていたと伝わる。小島彦介は帰国後に武士を捨てて商人となり、慶長2年(1597年)に練屋町の現在地で忍冬酒の醸造を始めた。小島醸造はこの年を創業年としている。

近世

犬山の名産として忍冬酒がある『尾張名所図会

忍冬酒は不老長寿の酒として珍重され、徳川家康も愛飲したと伝わる。元和5年(1619年)には沢庵和尚が犬山を訪れ、小島家の忍冬酒を賞賛した[1][2][3]。小島家には「冬を忍ぶ酒の名もよしさむさ経て、咲出む梅を人になぞへて」と書かれた沢庵和尚の掛け軸が残されている[1][2][3]

文政10年(1827年)に千葉の金光院で受けた商売繁盛の祈祷札が残されている[1]。天保8年(1837年)の『尾張国酒造米高帳』によると尾張藩が公認した犬山の酒造業者は6名であり、小島家の酒造米仕込高が1350石、上本町の犬飼家の酒造米仕込高が1200石、その他は10石から100石程度だった[1]

江戸時代には忍冬酒が犬山藩主成瀬家から将軍家への献上品となり[1]、また諸大名への贈答品にもなった。江戸時代の小島家は名字帯刀を許され[1]、犬山城下町の惣町代(町年寄)を務めた。江戸時代末期から明治時代初期にかけて刊行された『尾張名所図会』には、忍冬酒が犬山藩の名産品として記されている。

近代

小説家の田山花袋は1910年(明治43年)に著した『二十二篇』には短編「忍冬酒」がある[4]

「忍冬酒を知ってるかい」
「知らないワ。妙な徳利に入っているのね」
「これが古風で好いんだよ。忍冬酒とかう白字で書いてあるのも好い。それに、この酒は、忍冬蔓の花の汁や種々な薬味も入っているんだとさ」「忍冬酒」田山花袋、1910年
呑むてみると、非常に優しい酒で、いかにも忍冬の花の香がする。酒といへば葡萄酒より外に、あまり好まない私にも、何だかこれならのめさうな気がする。「忍冬酒」田山花袋、1910年

現代

2008年(平成20年)には同じく犬山市にある小弓鶴酒造との共同企画により、忍冬酒と小弓鶴酒造の「琥珀酔」をセットにした犬山伝承酒の販売を開始した[5]。蔵元の直売所以外では初めて忍冬酒が販売されることとなった[5]

商品

小島醸造の広告

忍冬酒

小島醸造はスイカズラを発酵させた薬用酒である忍冬酒(にんどうしゅ、荵苳酒)を製造している。スイカズラ(忍冬、荵苳)は漢方薬にも用いられる植物であり、犬山城近辺にも生育しているとされる[2]。忍冬酒は身体を温める効果があり、滋養強壮効果もあるとされる。

かつては紀州藩浜松藩でも忍冬酒が製造されていたが、両者は明治維新を機に製造が途絶え、現在も製造を続けているのは小島醸造のみである。なお、和歌山で忍冬酒を製造していた北村家の創業の事情は小島醸造と似通っているとされる[6]。忍冬酒の製造法は一子相伝であり[3]、門外不出の秘法とされる。

建築物

脚注

関連項目

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