小川貞雄

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生誕 (1937-11-24) 1937年11月24日(87歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県
小川 貞雄
Sadao OGAWA
基本情報
生誕 (1937-11-24) 1937年11月24日(87歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県
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小川 貞雄(おがわ さだお、1937年11月24日 - )は、神奈川県出身のプロゴルファー

1959年にプロ入りし[1]1964年日本オープンでは佐藤精一と並んでの4位タイ[2] [3]に入った。

1968年日本プロでは初日をティーショットでラフに入れたのは17番での1回だけと、コースをうまく攻略して、6バーディー、2ボギーの4アンダー68をマークし首位に立ったが、2日目には崩れ、ラフに苦しんでスコアを落とした[4]

1992年には関東プロシニアで松井功と並んでの5位タイ[5]、第一生命カップシニア5位[6]日本プロシニアではブルース・デブリンオーストラリア)と並んでの2位タイ[7]コマツオープン9位[8]、JAS CUPシニアでは郭吉雄中華民国)・星野桂一と並んでの10位タイ[9]、BMWクラシックin北海道サム・スニードカップでは小川清二、エリュテリオ・ニバル(フィリピン)、ダンク・宮本省三と並んでの9位タイ[10]、三越シニアクラシックでは石井裕士河野光隆許渓山&陳健忠(中華民国)と並んでの9位タイ[11]、とうきゅうシニアカップでは謝敏男(中華民国)、ビル・ダンク(オーストラリア)と並んでの5位タイ[12]、緑営グループ杯シニアでは内田繁木本挙国と並んでの5位タイ[13]に入った。

1994年にはコマツオープンで内田・郭吉と並んでの8位タイ[14]、緑営グループ杯シニア3位[15]1996年にはHTBシニアクラシックで内田と並んでの5位タイ[16]に入った。

1998年にはキャッスルヒルオープン6位[17]に入り、関東プログランドシニアで初優勝[1]

2005年の関東グランドシニアでは最終日にエージシュートを達成し、内田袈裟彦・佐藤・原政雄陳清波(中華民国)を抑えて優勝[18]

主な優勝

脚注

外部リンク

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