小川賢太郎

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生誕 小川 賢太郎
(1948-07-29) 1948年7月29日
日本の旗 日本 石川県
死没 (2026-04-06) 2026年4月6日(77歳没)
出身校 東京大学中退
肩書き ゼンショー創業者、代表取締役会長
おがわ けんたろう
小川 賢太郎
生誕 小川 賢太郎
(1948-07-29) 1948年7月29日
日本の旗 日本 石川県
死没 (2026-04-06) 2026年4月6日(77歳没)
出身校 東京大学中退
肩書き ゼンショー創業者、代表取締役会長
配偶者 あり
子供 小川一政(長男)
小川洋平(次男)
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小川 賢太郎(おがわ けんたろう、1948年7月29日 - 2026年4月6日)は、日本実業家起業家経営者すき家などを展開しているゼンショーの創業者で、同社代表取締役会長。

2017年より、国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)第2代会長。

石川県出身。東京都立新宿高等学校を経て、東京大学に進学するが、全共闘運動に関わり中退[1]

港湾労働を経て、ベトナム戦争から「資本主義のもとで貧困をなくす」ことに目覚め、通信教育中小企業診断士の資格を取得[2]

1978年吉野家に入社。同社の倒産などをきっかけに独立し、1982年ゼンショーを創業。社名は創業時に「全勝」「善意の商売」「禅の心で商売を行う」の3つの意味を込めて命名した[1][3]横浜市鶴見区京急本線生麦駅前で、持ち帰り弁当店「ランチボックス」、すき家1号店を開店した[4][5]。その後、M&Aで外食チェーンを次々と傘下に収め、強力なリーダーシップを発揮した。

2011年3月期連結決算では、連結売上高が日本マクドナルドホールディングスを上回り、外食チェーン国内最大手に成長した[6]

2014年春には、インターネットなどで『すき家』の過酷な労働実態が話題となり[7][8]、社内に労働環境改善策を提言する第三者委員会が設置され、トップとして意識改革を求められることとなった[9][10]

2017年1月、ライフコーポレーション創業者の清水信次の後任として、国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)第2代会長に就任[11]

2025年、ゼンショーホールディングスの社長職を次男の小川洋平に継承し、同社会長に就任すると共に[12]、国民生活産業・消費者団体連合会でも名誉会長に就いた[13]

2026年4月6日、心筋梗塞[14]のため死去したことがゼンショーホールディングスより発表された[13][12]77歳没

人物

趣味は筋トレ(特にベンチプレス)。「(日本人は)ベンチプレスやって体鍛えて牛丼食ってれば戦争に負けなかった」が持論。[15]

脚注

関連項目

外部リンク

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