小手指原の戦い
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概要
経過
5月8日、新田義貞は生品神社で挙兵したのち、11日朝に入間川を渡って小手指原(埼玉県所沢市小手指町付近)に達し、桜田貞国を総大将、長崎高重、長崎孫四郎左衛門、加治二郎左衛門を副将とする3万の幕府軍と衝突した[1]。幕府軍は義貞が入間川を渡りきる前に迎撃する算段であったが、義貞の方が動きが迅速であった[2]。
両者は遭遇戦の形で合戦に及び、布陣の余裕はなかった。戦闘は30回を越える激戦となった[1]。兵数は幕府軍の方が勝っていたが、同様に幕府へ不満を募らせていた河越氏ら武蔵の御家人の援護を得て新田軍は次第に有利となっていった。日没までに新田軍は300、幕府軍は500ほどの戦死者を出し、両軍共に疲弊し、義貞は入間川まで幕府軍は久米川まで一旦撤退して軍勢を立て直した[1]。
現在
新田軍が本陣にした白旗塚が残る。また周辺には新田軍が誓いを立てた誓詞橋、新田軍が勢ぞろいした、勢揃橋など合戦の名残が見られる。