小林如泥 From Wikipedia, the free encyclopedia 如泥が手掛けた月照寺の不昧廟門[1] 小林 如泥(こばやし じょでい/じょてい[2]、1753年〈宝暦3年〉 - 1813年〈文化10年〉)は、江戸時代の指物師(木工職人)[3]。松江藩(現島根県東部)藩主の松平不昧に仕えた[3]。 松江の大工町(現松江市灘町)出身[4][5]。 幼名は「甚八」、通称は「安左衛門」[6]。「如泥」という名は、あるとき泥酔して武士にぶつかり斬り捨てられそうになったが、不昧が「彼泥土の如きもの」と弁護して救われた、という逸話にちなむ[2]。 他にも様々な逸話が伝わり[7]、『松平不昧伝』や石川淳『諸国畸人伝』に記されている[8]。 弟子は取らなかったが、荒川亀斎ら後世の職人に影響を与えた[3][9]。1912年(大正元年)には顕彰事業「小林如泥百年会」が催され、青山泰石・高村光雲・桑原羊次郎らが参加した[10]。 作品 透かし彫りや厚材の扱いに優れ「その技、神の如し」と讃えられた[6][9]。 『袖障子』『茶箱』などの家具や[9]、彩雲堂の広告看板など[11]、様々な作品を手掛けた。東京国立博物館・絲原記念館・島根県立美術館・松江歴史館などに所蔵されている[11]。 月照寺・白潟天満宮・田原神社などの建築の一部も手掛けた[12]。宍道湖の嫁ヶ島には「如泥石」という来待石の石工品があるが、真作か定かでない[13]。 脚注 ↑ 松江歴史館 2025, p. 27. 1 2 松江歴史館 2025, p. 22. 1 2 3 松江歴史館 2025, p. 2. ↑ “松江市鼕行列保存会 - 各町・団体の鼕紹介|灘町宮鼕保存会”. www.dogyoretsu.jp. 2025年12月13日閲覧。 ↑ 松江歴史館 2025, p. 23. 1 2 講談社 デジタル版 日本人名大辞典+Plus『小林如泥』 - コトバンク ↑ 松江歴史館 2025, p. 58. ↑ 松江歴史館 2025, p. 33. 1 2 3 文化財活用センター-ぶんかつ-. “松江の名工・小林如泥―その技、神の如し―”. cpcp.nich.go.jp. 2025年12月13日閲覧。 ↑ 松江歴史館 2025, p. 34. 1 2 松江歴史館 2025, p. 51. ↑ 松江歴史館 2025, p. 26-30. ↑ 松江歴史館 2025, p. 31. 参考文献 松江歴史館 編『企画展 松江の名工・小林如泥』松江歴史館、2025年。ISBN 978-4864565493。 Related Articles