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小林如泥

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如泥が手掛けた月照寺の不昧廟門[1]

小林 如泥(こばやし じょでい/じょてい[2]、1753年〈宝暦3年〉 - 1813年〈文化10年〉)は、江戸時代の指物師(木工職人)[3]。松江藩(現島根県東部)藩主の松平不昧に仕えた[3]。

松江の大工町(現松江市灘町)出身[4][5]。

幼名は「甚八」、通称は「安左衛門」[6]。「如泥」という名は、あるとき泥酔して武士にぶつかり斬り捨てられそうになったが、不昧が「彼泥土の如きもの」と弁護して救われた、という逸話にちなむ[2]。

他にも様々な逸話が伝わり[7]、『松平不昧伝』や石川淳『諸国畸人伝』に記されている[8]。

弟子は取らなかったが、荒川亀斎ら後世の職人に影響を与えた[3][9]。1912年(大正元年)には顕彰事業「小林如泥百年会」が催され、青山泰石・高村光雲・桑原羊次郎らが参加した[10]。

作品

脚注

参考文献

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