旧米沢藩領は盆地に所在し、海のない地域であったが、海軍に人材を輩出したことから"米沢の海軍"の異名があった[2]。旧米沢藩出身者では曽根俊虎らが早くから海軍に進んでいたが、小森沢は多くの同郷人が海軍に進むことを願って関係者を説き、また自ら米沢で学生らを勧誘した。その結果、後に提督となる人材が海軍兵学校に入校したのである。小森沢は山下源太郎(宮島誠一郎の女婿)が海兵に入校した際の保証人を務める[3]など、海軍に進んだ後進たちの世話もしており、米沢海軍の祖といわれる。また小森沢は旧主家である上杉家の相談役でもあった。