小沢純子

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小沢 純子(おざわ じゅんこ、1959年6月8日[1] - )は、日本ゲームミュージック作曲家埼玉県出身。血液型はAB型[1]。あだ名は「ZUNKO(ずんこ)」「ZUNちゃん(ずんちゃん)」[注 1]。あだ名は作品のクレジット名義にも使われている。

別名 ZUNKO、ZUNちゃん
生誕 (1959-06-08) 1959年6月8日(67歳)
出身地 日本の旗 日本 埼玉県
概要 小沢 純子, 別名 ...
小沢 純子
別名 ZUNKO、ZUNちゃん
生誕 (1959-06-08) 1959年6月8日(67歳)
出身地 日本の旗 日本 埼玉県
ジャンル ゲームミュージック
職業 作曲家
活動期間 1983年 -
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来歴

4歳の頃からピアノを習い[1]1983年武蔵野音楽大学器楽学科卒業[2]後、株式会社ナムコ(後のバンダイナムコエンターテインメント)入社[3]。ナムコ入社を志した動機は、マイクロマウス大会のイベントにて、ニャームコに一目惚れしたため[1]としており、他に『ニューラリーX』の曲が好きだったことを動機にあげたこともある[4]。入社試験には、お手製のニャームコバッジをつけて臨んだという[1]

ナムコで最初に作った曲は、新人研修においてとくにゲームを想定せずに作られたものであったが、開発陣からは「ゲームに使えない」と退けられた。それを聞いた遠藤雅伸が、「その曲が使えるようなゲームを作るからとっておけ」と励まし、作られたゲームが『ドルアーガの塔』であった。曲はエンディングとネームエントリーに使われた[5]

リブルラブル』におけるメンデルスゾーン結婚行進曲」の編曲[6]を経て、『ギャプラス』にてデビュー。代表曲とも言える『バビロニアン・キャッスル・サーガ』シリーズの楽曲は、現在も関連作品にてアレンジされたものが使われている。

アルバム『ザ・リターン・オブ・ビデオ・ゲーム・ミュージック』のライナーノーツに、自身の書き下ろしによる「MAKING OF DRUAGA MUSIC」と題した開発裏話を掲載。

2008年9月をもって同社を退社[7]。以降も音楽活動を続ける傍ら、2018年現在は大田区の非常勤職員を務めている[8]

人物

作品

アーケード

コンシューマー他

その他

  • STANDARD THEME
アルバム『ザ・リターン・オブ・ビデオ・ゲーム・ミュージック』収録のオリジナル曲。

メディア出演

  • Diggin' in the Carts エピソード1:テレビゲームミュージックの到来(RED BULL MUSIC ACADEMY、2014年9月4日)[10]
    • ゲームミュージックが与えた世界的影響を掘り下げるドキュメンタリー動画。
    • インタビュー出演。

備考

デンマークのロックバンド、ザ・レヴォネッツは、2016年4月に楽曲「Junko Ozawa」を発表。リリックビデオの冒頭に「天才ゲーム音楽コンポーザー、小沢純子に捧げる」と記している[11]

脚注

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